マービットとハウザーの過去なのよ。

 今二人の関係は非常に安定している。どちらにも良い影響を及ぼしていると言えるだろう。 事すれば発狂しかねないと思っていたアリシアの精神状態も、守るべき対象が出来たことで目に見えて安定した。

「オレは今がベストだと思うんだよなぁー。 っつーか恋人ってなによ恋人って。ドンだけませてると思ってるのさ。ぼけてんじゃねーのかお上。なに?あれか? じいさんなのか? じーさんなのかお決まり的にお上。」

「あんまり悪口言うとまずいんじゃない?」

「いいんじゃん寝室で愚痴こぼすくらい。 で、はやかったな? マービット。」

 突然掛けられた声に、アービンは寝転がったまま応えた。

 その様子を見て、わざわざ天井に張り付いてまで姿を隠していたマービットは、つまらなそうに舌打ちをしてベッドの上に落ちてきた。背中からドカンとまったく受け身も取らずにベッドに転がると、スックリと立ち上がった。

 アサシンに成るために訓練されている子供たちは、当然のように逃げ出さないように厳重に管理された空間に置かれている。普通は逃げ出すことも、入り込むことも出来ない。

 だが。マービットは普通ではなかった。 アービンがマービットを担当して暫くのことだった。 なんとマービットは夜中にひょっこり、アービンの部屋に現れたのだ。 監視員にも、監視装置にも気が付かれる事無く。

 そして今では、こうして気が向いたときに部屋に出没するようになっていた。

 無論、ほかの者にばれれば厳罰モノではあるが・・・ばれなければそれは何も問題が無いと言うことでもある。

「なにか不穏な話が聞こえたよ。 ボクとねえさんがどうとか。」

 いつもの妙にニヤ付いた笑顔を浮かべながら、マービットは寝転がるアービンに顔を向けた。 ツインサイズのベッドである為か、二人で上に乗っていも手狭に感じないそれの上で寝返りを打つと、アービンは面倒くさそうに顔をしかめた。

「お上の打診だよ。気にするほどのことじゃないっての。 現場監督の俺のほうがまだこのカミッキレより権限があるの。」

「ほんと?」

「ああ。 ぎりっぎりだけどな。」

 なぜか自慢げに言うその様子に、マービットは「なにそれー、なさけないー」と言って、笑った。

「で? お前はどうしたい。」

 アービンの問いかけに、マービットは小首を傾げるようなしぐさを見せた。

「ボクはどっちでも良い。ねえさんのこと好きだし。 色々な意味で。」

「意味深発言だなオイ。幾つだお前。」

「でも、ねえさんは違うと思う。好きの種類がひとつだけなんだよ。」

 珍しく真剣そうなマービットの声に、アービンはその時初めてマービットの顔を見た。

「ボク、弟だから。」

 にっこりと屈託なさそうに笑うこの少年は、一体普段どんなことをしているのか。 それを良く知っている、やらせているアービンにとって、たまにマービットが見せる“本当に”屈託無く笑う今のような顔を見るのは、苦痛だった。

 ただ思えば。こう言う時に“苦痛を感じる”から、アービンは本人の要求通り、第一線を退けられたのかもしれない。

「このシスコンヤロー。 弟歴短けーくせによー。」

 思っていることを億尾にも出さず。アービンはマービットの両頬をぶにゅぅ〜っと捻り上げた。

「ぶえぇぇぇぇぇぇ。」

 なんとも良く判らない声を上げてもがくマービットをひとしきり笑いものにすると、アービンは「それで?」と話を切り出した。

「今日はなんだ? 眠れなくて俺の顔が見たくなったか?」

「何気持ち悪いこと言ってんだよー。このオヤジー。 眠れなかったらねえさんのとこ行くよー。」

「オヤジで悪かったな。」

 ブーたれるマービットに対し、勝ち誇ったように笑うアービン。

「約束したじゃんかよー。 チョコレート〜。」

「ああ。はいはい。覚えてるよ。これな。」

 笑いながら立ち上がると、アービンは本棚の中断ほどの位置においてあった、小さな手提げ袋を取り上げた。

 凝った細工のされたそれは、高級な菓子店の名が書き込まれていた。

「それそれ! ねえさんが言ってた菓子屋の!」

 パーッと表情を明るくするマービット

「プレゼントか? しかしチョコ一個20ってどう言う事よまったく。」

「まぁまぁ。 お礼はそのうちするってばー。」

 嬉しそうに手提げを受け取ると、マービットはそれを大事そうに服の中にしまう。そして壁に手を掛けると、いともたやすく天井に張り付いた。

「それ、どうするんだ。」

「ねえさんにあげるの。決まってるでしょ?」

「お前の口にも入るだろうがなー。 アリシアは絶対に自分一人じゃ食わんぞ。」

 その言葉に、マービットははたと表情を曇らせた。

「ちゃんと全部二つずつ買ってきた? 一つしかないのがあったら、ねえさん絶対ボクに」

「はいはい。 ちゃんと全部一種類に付き二つずつ買ってきたよ。いけいけ。お子様は寝る時間だぞ?」

 アービンの言葉に、マービットはほっとしたような表情を見せた。

「じゃ、ボク帰る。じゃーね。おやすみ。」

 すっ。 っと、溶けるように闇の中に消えていくマービットを眺めながら、アービンは苦笑を浮かべた。

「用が済んだらさっさとねーちゃんのとこか。 現金な奴め。」

 独り言をぼそりと吐くと、アービンは再びベッドの上に寝転がった。

 きっと、あんなものを持っていったらアリシアは卒倒するほど驚くだろう。そしてどうやって手に入れたのか。教官に見つかったら怒られないかと、ネガティブ思考の海に沈む。 必死で宥めるマービットの姿が目に浮かぶが・・・まあ、自業自得だろう。

 それにしても・・・と、アービンは思った。どうもマービットの言っている好きは、アービンの予想の範疇を少し超えているようだった。

「お上もまんざらぼけちゃいねーってことか? まあ、ねーちゃんのほうがあれじゃあなぁ。」

 心配ばかりかける弟を気遣う姉。アリシアのことを思い出すとき最初に浮かぶ、そんなタイトルのつきそうな表情を思い浮かべながら、アービンは楽しそうに思い出し笑いをかみ殺す。

「しっかしお返しねぇ・・・・・・まあ、期待せずに待ちますかぁ?」

 マービットがアービンに「これがチョコレートのお返し」と言ってあるモノを押し付けるのは、まだまだ十数年先の話だ。

ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

 アサシンの育成というのは、実は至極専門的な技術と知識を要する作業であった。

 何せ人を殺すことを専門にする人間を育て上げるのだ。 下手に恨みを買えば、訓練途中でうっかり反逆されて殺されてしまいかねない。 かと言って甘やかしてもいけない。 普通の人間よりもよほど強靭で狡猾で人の裏を書くのに長け、尚且つ証拠を残さず人を殺したり、情報を引き出すための拷問術にまで長ける人間を作り上げ無ければ成らない訳だから。

 厳しく、辛く、死ぬような目に遭わせつつも・・・その対象には恨まれない。 そんなスキルが、アサシン育成者には求められるのだ。

 そんな。成るのが非常に困難な“アサシン育成者”の一人が、ベットと机が一脚あるだけの自室で、難しそうな顔をして唸っていた。

 彼は元々組織付きのアサシンであったが、「まとまった睡眠が取れない」と言う理由から引退。後進の育成に性を出すことにしたのだった。 ちなみに彼、“アービン・ファフニール”は、今年26歳の鉱石人である。 生体金属と呼ばれる生きる無機物を共生相手として体内に取り込み生きる鉱物人の平均寿命は普通の人間と同じくらい。 アービンと言う男のやる気の無さがお分かりいただけるだろうか。

 このアービンは、二年ほど前から“マービット・ケンブリッジ”の飼育を担当していた。 彼が今唸っている理由は、そのマービットにかんすることだった。

 二ヶ月ほど前。アービンの判断で、一人の少女をマービットに会わせることにした。“アリシア・ケンブリッジ”。マービットの姉と言うことにする少女である。

 生まれる前からアサシンとして育成されることが決まっていたマービットには、兄弟姉妹は居ない。しかし今だ農耕を営む民が多いこの星に置いて、一人っ子と言うのは実に稀である。 優秀なアサシンはどんな場所にでも溶け込み浸透できなくてはならない。 一人っ子と言う珍しい境遇のものは、すこぶるとまでは言わないまでも不自然。幼い頃の原体験とも言える兄弟との思い出と言うのは、作り上げたり嘘で通せるほど生易しいものではない。 ならば、アサシンとして育成している子供同士を兄弟として育てレば良い。 それはアービンやマービットが所属する組織では当たり前のようにとられているアサシン育成方法の一つであった。

 しかし。後付の兄弟姉妹を引き合わせるタイミングと言うのは、非常に難しいものであった。 幼い内で無ければならない。あまり年齢が上になってからでは、そもそも原体験をさせるためだと言うのに意味が無い。

 マービットとアリシアの場合は、異例も異例だった。 何せ普通兄弟として組み合わせられるのは、“アサシンとして生まれてきたもの”ならそれ同士。が、基本なのだから。 それもそうだ。 何せ普通の世界で暮らしてきた子供たちにとってマービットのような存在は、異質な“化け物”にしか写らないのだから。

 だが。マービットに限っては、アービンの判断は定石を覆すものだった。 当たり前の日常を知るアリシア。マービットと言う個体は、アリシアからその“普通の世界”を、恐らく押し知ることが出来る知能レベルを有しているのではないか。 また、アリシアという個体は、マービットと言う化け物を容認して受け入れることが出来るのではないか。 そう考えたのだ。

 実際。引き合わせてから一週間ほどで、アリシアはアービンの思惑通り、マービットを実の弟のように可愛がり始めた。マービットもそれに甘えるようにすらなっていた。

 子供と言うのは、大人が考える以上に他人の意識に敏感である。 大人のように経験則や余計な知識、保身のための思考がない分、寧ろ子供の方が人をみるめがあるといって良いだろう。 ましてマービットはアサシンになるために育てられている個体。人間の本性やそう言う類の物を見極めるすべには長けている。 アリシアも随分ひどい目に遭っている少女だ。人間不信の塊になっていると見て良いだろう。 そんな二人が、二人とも相手に懐いている。

 兄弟姉妹として、仲が良い。仲が良い兄弟姉妹が居て、よく遊んだ。 それは組織にとって良い原体験と言える。人間社会に溶け込み、違和感無く仕事をこなすための大切な要素の一つであるから。

 だが・・・アービン以外の育成者の一人が、こんなことを言い始めた。

「アレはまるで恋人同士のように仲睦まじい」

 確かに、二人はもう分別が付いている。変な言い方をすれば、“ませている”のだ。 恋人が出来てもおかしくは無い。恋をしてもなんら問題は無い。 組織としても、恋愛は別に構わないと判断をしていた。 どうせどちらもアサシンとして動くことに成るのだモチベーションを上げるにしても、いざとい時の人質としても、そう言う対象が居るのは悪くない。

 まるで恋人の様。が、本当の恋人に。 なんら問題は無い。 だが、“姉と弟が恋人同士”と言うのは問題があるわけだ。 まさか侵入した先でうっかり、「姉と結ばれたことがあります」などと口走った日には、目も当てられない。別の意味で任務に支障が出る訳だ。 うっかり口を付いて出るのが原体験である。それを調整すつた目の行為が意味が無い。

 そう。今アービンが悩んでいるのは簡単なこと。 「マービットとアリシアの関係をどうするか。」 このまま姉弟にするのか。それとも変えるのか・・・。

 

「ていうか上もこんな堅苦しい文章でそんな内容の伝令かかんでもよかろーによ。」

 ぼけーっとした、いかにも眠そうな顔でそう毒付くと、アービンはごろりとベットに転がった。

 実際、アービンにとってマービットがアリシアに懐くだろうと言うのは、予想の範疇だった。 マービットと言う個体は、現在の同時期に生まれた中でも、飛びぬけて優秀だった。ただどう言う訳か、そう言った個体特有の無関心さが微塵も感じられなかった。 優秀で秀でる個体というのは、押しなべて何か達観したような、諦めた様な。どこか世間ズレした所が出るものであった。

 無論マービットもずれていると言えばずれているのだが・・・何と言うのだろうか。 そのずれ方と言うのが、どうにも当たり前の子供。それも無邪気な子供のようなずれ方をしているのだ。

 所謂、天然系という奴だろうか。 物心が付いていないような何にも考えていないような・・・。 かと言って、訓練の成績を見る分には、確かにほかの個体よりも優れた結果を出しているのだ。

「・・・つかみ所の無い奴だよまったくよぉ。」

 誰に言うとも無くつぶやくと、アービンはごろりとベットの上で寝返りを打った。

 アービンの見立てでは、アリシアは純粋にマービットを弟として可愛がっていた。いつもどこかそわそわと落ち着きの無いマービットの言動や態度が、元々弟がいたと言うアリシアの姉としての心を刺激するからだろう。

 では、マービットはどうだろう。 アレが感じているのは、どこか兄弟と言うものとは少し違う。アービンは、そう思っていた。 マービットは、今まで一つも“自分の物”と言い切れる、個人で所有、独占できるものを持ったことが無かった。 訓練のときに使う道具も服も。食器もイスも机も、時には呼称さえ日替わりで変えさせられたこともあった。 それが最近になりようやく、名を“マービット・ケンブリッジ”とされ、“姉”と言う目に見えて、触れることの出来る、自分とだけ特別な繋がりがあるものを手に入れたのだ。

 マービット自身も、気が付いているかは分からない。だが、マービットにとってアリシアは、“姉”であって、“姉”では無い。初めて手に入れた、言わば“マービットだけのモノ”。 “宝物”なのだ。

お正月だよ何人か集合。

「明けましておめでとう御座いまーす。 お年玉下さいよ宰相閣下。」

「マービット。テメー幾つになってんだゴラ。おい。ああ?!」

「おい、そこの国王。醤油取れ、醤油。もち焼けたから。」

「うむ。」

「なに国王顎で使ってんだハウザー!! つーかなんでてめーら俺の執務室に七輪持ち込んでんだおい! 書類が焼けるだろうが!!」

「はっはっは。師走は忙しくて更新も間々成らなかった管理人が、苦肉の策で生きていることだけは伝えようと立てた企画だと思うのだがね。 多少の犠牲は止むを得ないと思う訳なのだがね。」

「なに忍び込んでんだ鳥! つーかお前か!! ウチの女性職員にウサ耳付けて逃げていったガキって! シバキ倒すぞ!」

「一話書き終わっていない(一月三日十五時二十九分現在)にも関わらず番外編を挟むのは、なかなか勇気がいると思うのだがね。」

「しらねー!! 出て行けお前ら! 俺には正月もクリスマスも無いんだよ!!」

「うはー。切ないっすねー宰相閣下。閣下の年ならお年玉貰って遊んでる頃合いッスよ。いま。俺も今そんな感じっすし。」

「どっかのボケどもが働かないせいで俺に仕事がまわって来るんだよダボが!! つーかお前はお年玉なんて貰うな!! いくつか!!」

「永遠の高校生っす〜。」

「笑顔を見せるな!! はらたつわ〜まじで!!」

「この間マービットが学生服を着て学校に入っていくのを見たぞ。王として止めるべきかと思ったが・・・。」

「止めろ。止めろ!! 何考えてんだマービット! ていうかなんでそんなシーンに居合わせた! また城抜け出したなこの痴呆王!!」

「面白そうだったから私も入った。」

「入るなぁぁぁあああ!! 何考えてんだおいおいおいぃぃ!!」

「たのしかったっすね〜。」

「うむ。 う・・・むぐっ・・・!」

「ああ? どうした国王。 ・・・コイツ餅のどに詰まらせたぞ。」

「喉に餅を詰まらせる国王。庶民派だと思うのだがね。」

「ぎゃぁぁぁ!! 何やってんだよレニス!! マジ顔青くなんてんぞどうすんだこれ!!」

「背中叩け背中。」

「ハウザーは止めろ! 折れたらどうするんだ!背骨とか!」

「お前俺の事なんだと思ってんだ。そのぐらい後から加減(ボキ)あ。」

「王様がヤバイ顔色なのに超無表情でのた打ち回ってるっす〜!!」

「オオ! これはなかなかお目にかかれない光景だと思うのだがね! 是非私の自分史に」

「書くな!! 水水水!!」

「酒しかないと思うのだがね。」

「良いから飲ませろぉぉ!!」

「・・・っ! ・・・ぐっ・・・! 死ぬかと思った・・・。」

「死なれてたまるか! どう発表していいか困るわ!!」

「私が死んだら・・・そのことは三年は伏せて置いてくれ・・・。」

「なに重い表情で言ってんだよこのボケ・・・。」

「所で。今年は猪の年だと英児が言っていたと思うのだがね。」

「おお。干支とか言ったか。うちの二番隊の連中もそんなこと言ってたな。」

「猪か。そうなると今年はハウザーの年と言う訳か。」

「猪武士っすからね〜。」

「うむ。まさに“白銀の重戦車”の二つ名に相応しい突撃っぷりだと思うのだがね。」

「戦術って言葉の意味を考えとらんのだろ。」

「考えてるぞ。一応。」

「どんなよ。」

「俺が一人で殲滅させればソレで終わるだろうが。」

「・・・出来るから恐ろしいと思うのだがね。」

「・・・隊長は鬼神っす。」

「って、寛いでんじゃねぇぇぇ!!!」

 

 この後数時間、城の中で命を懸けた鬼ごっこが開催される。が、ソレは別の話。

ハウザー&マービット 今日のハウザーさん

「隊長〜。飯喰い行きましょうよー。」

「隊長じゃネーッつってんだろうがコノダボが!! 団長って呼べ、団長ってよぉ!!」

「どっちでもいいじゃないっすかー。速く飯喰いきましょうよー。」

「飯は喰うが別にどこも行かんぞ。」

「へ? 弁当っすか? それとも食堂?」

「出勤途中で食パンを一斤貰ってな。」

「・・・オカズは・・・?」

「いらん。」

「隊長そう言う食生活してると何時か後悔するっすよ・・・。」

「いつもファーストフード食ってる野郎がなに言ってやがる。ほれ。お前の分も貰ったんだ。ありがたく喰え。」

「しょ、食パンっすか?」

「食パン。」

「一斤?」

「一斤。」

「う、をぉ・・・。」

「残さず喰えよ。」

「ちょ、まじっすか?!」

ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

 そのときマービットは、自分の姉になるという少女を見て、“なんだか弱そうだな”。と、思っていた。

 マービットは“仕事”で、“親子”の役をする事に成った。優秀だと言うマービットは、今後“子供”として実戦に投入される事に成っていたのだ。 当の本人にしてみれば、それは特に感慨のある事ではなかった。 訓練として人を殺す事も増えてきたし、そろそろかなぁ、とは、思ってたし。その程度のレベルである。

 ただ予想外だったのは、この“姉”の存在であった。 無論、マービットは姉と言うのがどう言うものなのか全く知らなかった。 知識では知ってはいた。書物やスライドで、一般知識は叩き込まれていたし、施設に後から来た子供たちの中には、兄弟姉妹もいた。だが、自分より年上の、自分を守ってくれる存在。あるいは近い存在と言うのを、マービットは肌で感じたことが無かったのである。

 姉。頼るべき存在。なにそれ? 意味わかんね。

 係官の話を聞きながら、マービットはポカンとした顔で、姉。“アリシア・ケンブリッジ“を見つめていた。

 そのときアリシアは、自分の弟になるという少年を見て、“綺麗だな”。と、思っていた。

 顔が似ている。この施設に来る前から、アリシアはマービットの姉になるのだと聞かされていた。 “親子”に成ると言うことはつまり、“そう言う役をしなければならにような仕事をさせられ”と言う意味である。要するに“人殺し”の“アサシン”に成ると言うことだ。 当の本人にしてみれば、それは途轍もなく大きな一つの転機であった。確かに訓練で人は殺してきた。始めて人を殺したときなど、発狂しかけたところを気付け薬で無理矢理正気にさせられ、悶え苦しみながらのた打ち回り、三日眠れなかった。しかし今では、もうそこまでに成ることなど無くなった。精々、食べたものを全て吐き戻して、夜中うなされて何度も目を覚ますくらいだ。

 怖かった。 殺しは、平気ではない。嫌だし、大嫌いだし、したくない事だ。でも、数をこなす内、自分はそれに成れて来ていると思っていた。現に、始めて殺したときほど、今は追い詰められた気持ちに成って居ないでは無いか。 怖かった。堪らなく。殺しに成れて来ている自分が。

 そんな様々な思いに引き裂かれそうになっているアリシアは、このとき始めてマービットにきちんとした形で紹介されていた。

 会う前は、怖くて怖くてどうしようもなかった。ガクガク足は震えるし、自室から出るときなど、まともに立てなかったほどだ。立ち上がってもすぐ目の前が真っ暗になり、クラクラと立ちくらみの様にベッドに倒れこんだりもした。

 マービットの事は、訓練の時良く見ていた。 人を殺す手際のよさ。身体能力に、状況判断力。それらに秀でたマービットの動きを、教官は口に出さずにも見習えと言うようなそぶりを見せていた。それに、自分の弟になる人物にも興味はあった。 眺めながらいつも思うことは、“彼がアサシンなのか”。自分がなる事を要求されているのは、ああ言う子なのか。だった。 そうして見ているときは、怖くは無かった。勿論、全然怖くない訳ではない。自分より優秀な“人殺し”に対する、当たり前の恐怖心は勿論合った。

 しかし、アリシアにとってマービットが恐怖の対象になったのは、別の理由だった。

「アリシアちゃんとあの子、ソックリだね。」

 今はもう死んでしまった友達が、そう言った瞬間だった。 全身の血液が突然無くなった様な、頭の中に突然石でも入れられたような。 巨大な遠心力に吹き飛ばされるような、数千Gの重力に捕まったような感覚だった。

 似ている。自分は徐々に“人殺し”が平気なアサシンに近づいてきている。

 つまりあれだ。 自分は彼のように成って来ている。

 怖かった。怖くて怖くてたまらなくなった。もう考える事もかなわず、その場でたったまま気絶するほど怖くなってしまった。

 アサシンに成った自分にソックリな男の子。

 しかし。そんな、アリシアにとってこれ以上無い筈だった恐怖の対象を前に、アリシアの心に恐怖が湧いて来ることは無かった。ただ感じたのは、“綺麗だなぁ”と言う思いと、“どこが私と似てるんだろう。と言う、そんな二つのことだけだった。

 弟。この子が?似てないのになぁ。

 係官の話を聞きながら、アリシアはポカンとした顔で、弟。“マービット・ケンブリッジ”を見つめていた。

 係官の話が終わって、最初に動いたのはマービットだった。

 本で読んだ様に、「お姉ちゃん」と呼びながら、姉の胸に飛びついてみた。

 その行動にアリシアは、慌てながらもしっかりとマービットを抱きとめていた。

 その時の事を、マービットは一生忘れない。 飛び込み、抱き締めた“姉”は、確かになんとも頼りなかったが、自分を殺そうとしていない初めての人物。マービットにとって他人が自分に当たり前に抱く畏怖やら恐怖やら忌み嫌う気持ちやらが、破片も無い。寧ろ自分に今まで一度たりとも感じたことの無かった“好意”を持ってくれている対象との、文字通りの初めての接触だったのだから。

 その時の事を、アリシアは一生忘れない。 飛び込み、抱き締めて来た“弟”は、確かに怖い存在ではあったが、自分の胸の中で感情を揺らがせている、一人の人間だったのだから。 驚いたような嬉しいような複雑な感情を入り乱せながら、ギュッ、と抱き締めてくるこの“弟”は、自分が思っていたような“恐怖”の塊ではなかったと思えたのだ。そんな“弟”が、少し、本当に少しでは有るが、自分に“好意”を持ってくれている。確かめた訳では無いが、触れるだけでそうと分かった。言い様が無い愛しさが、アリシアには込み上げて来た。理由なんて、良くわからなし、何でなのかも分からない。難しい心理学を持ってくるものも居るだろうが、関係無いと思った。 自分にこうしてじゃれ付いて来る“弟”を愛しく思ってなにが悪いと言うのだろう。

 

 それが。マービットとアリシアの、姉弟としての最初。始まりの瞬間だった。

ハウザー&マービット バトンに応えてみる訳なのよ。

マ「隊長〜。“ペアバトン”成るものを拾ってきたっす〜。」

ハ「武器か?!」

マ「違うっす! こう、質問に答えてそれを公開するって言う〜。まあ、流行りものっすねぇ〜。」

ハ「ほ〜。 見せてみろ。 なになに・・・これ二人組みが答える質問じゃねぇ〜か。俺が答えると成ると片方はお前か。」

マ「俺ら大概二人で行動しますからねぇ〜。 ・・・・・人増やしましょうよ。マジで。切実に。」

ハ「俺がぶっ壊してお前が後処理。二人で十二分だろうが。 よし。早速答えていくぞ。」

マ「あ。今ちょっと泣けてきたっすよ? 俺。」

 

Q・二人の関係は?

マ「部下!」

ハ「上司!」

マ「(まあ、俺的には部下って言うか。従者って言うか右腕って言うか。腹心ってのが一番ぴったり来ると思ってるんすけどね。 昔隊長から受けた恩。命で払うつもりっすから。)」

ハ「なんか言ったか?」

マ「いえ。隊長の下についてから、かれこれ十年経つかなぁ〜。って。」

ハ「ああ。そのくらいになるか。早い。」

 

Q・相手はどんな人?

マ「鬼っす!悪魔っす!! 部下の扱い方が半端無く荒いっす!! 移動は絶対ランニングか突撃っすし、訓練量も半端じゃないっす!! 人より毒に強い俺が泡吹いてぶっ倒れる毒キノコ平気で喰うし、ドラゴンを素手で絞めるし、アイアンゴーレム拳で粉砕するし!! 良くアレで結婚できたもんだとマジで思うっす!!」

ハ「マービット。テメー、後で絞めるから覚えとけ・・・。 コイツはアホで半端で軽薄で無責任で面倒臭がりでどこででもすぐ寝て万事においてやる気の破片も見せん奴だが・・・頭だけはキレる。妙なコネクションもある。 事、情報収集、潜入なんかの諜報活動なんかは、全て任せてある。」

マ「隊長。なんか俺に後ろ暗い事が・・・!」

ハ「ねーよ。 俺だって褒めることだってある。」

 

Q・相手のどういう所が好き、または嫌い?

ハ「好きなところ? きもちわりーなぁおい。特になし。 嫌いなところ。優柔不断。ボケ。アホ。なよなよしてる。落ち着きが無い。言動がムカつく。話し方がムカつく。へらへらしてる。すぐ寝る。常にフラフラ動いてる。訓練をすぐサボる。不精。そのくせ遊びにはいつも全力。以上。」

マ「良いとこなしっすか、俺?! ええと、好きなところ。頼りに・・・つか、尊敬する上司っすから。強いて言えば全部好き・・・あ、でも嫌いなところも有るっす。すぐ殴る。すぐ蹴る。すぐ槍で突く。ムカつくとすぐ切れる。だれかれかまわず切れる。でもって殴る。理不尽に強い。上司はガンムシするくせに、妙に騎士道精神に忠実。職務にも忠実。でも騎士道は自分のオリジナル要素満載。計画的に見えて実は行き当たりばったり。方向音痴。領民には無茶苦茶優しいのに部下(自分)には悪鬼の如く厳しい。その他もろもろ・・・。」

 

Q・普段相手といるときどういうことする?

マ「仕事っすね。殆ど。巡回とか書類整理とか訓練とか。 それ以外だと、ゲームっすかね。 こう見えて隊長、意外とゲーマーなんすよ。特にトレーディングカードゲームの類。しかも無茶苦茶強い! 俺が教えたんすけど、今じゃどうやっても勝てないっす。」

ハ「テメーは真面目に戦術くまねーからだ。 まあ、俺ら暇だからな。基本的に。息抜きのつもりが、のめり込んじまったり楽しみになっちまったり。」

マ「今じゃ休み時間九割がたゲームしてるっすよねぇ〜。」

 

Q・もし相手の性別が逆だったら、どんな関係になっていそう?

ハ「今のままだと思うが。」

マ「俺も同じっすねぇ〜。(実際は多分自分が一方的に惚れて押しかけ女房状態になりつつ、濡れ仕事こなす事に成るんだろうなぁ。 男でよかった。と、思ってる)」

 

Q・もし相手が突然いなくなったらどうしますか?

ハ「どーもしねぇ〜。」

マ「う〜わっ。なんすかそれ〜。」

ハ「テメーはそう簡単に死ぬタマじゃねぇしな。ガキじゃあるめぇ〜し。 テメーは何があっても俺の元に生きて帰ってくる。」

マ「・・・。」

ハ「ま、帰ってこなかったら探し出して、「テメーなにバッくれてんだ」って殴り飛ばす。」

マ「・・・?!  お、俺の場合は、全く心配しないっすね。隊長何が合ってもビクともしないっすし。仕事ぽっぽりだして蒸発するような甲斐性の有る人じゃないっすし。きっと仕事してるんだろうなぁ。とか思いつつ、遊びにいくっす〜。(実際は半狂乱になりながら探し狂うんだろうなぁ。と、思ってる)」

 

Q・バトンを回したい二人組を指名して下さい。

マ「あ、終わりっすね。」

ハ「指名してください言われてもな。放置!!」

マ「誰か適当に持ってってくださいっす〜。」

ハウザー&マービット マービットの過去なのよ 「アリシアの場合」

 アリシアは何時ものように遊びの広間の端。誰の目にも付かない場所に腰を掛けると、そこでやっと緊張の糸が切れたように溜息を吐き出した。

 個室は二人一部屋で、かえって落ち着く事が出来なかった。 例え一人でくつろいでいたとしても、同居人が帰って来たドアの音で、パニックに陥りそうになるのだ。 逆に同居人が長時間帰ってこなかったとしても。訓練の最中に死んでしまったのではないかと、気が狂いそうになるのだった。

 アリシアにとってこの訓練施設での生活は、もはや正気を保っていられるものではなかった。

 今までいた訓練施設でも、次から次に周りの子供達は死んでいった。 食事に混ぜられた慣らし用のクスリで。 戦闘訓練中に事故で。

 一人。また一人死ぬたび、アリシアや他の子供達は、悲しげに目を背けたり、泣きじゃくったり。当たり前の反応を見せた。 訓練官には感情を殺せと言われたが、まだ幼いアリシア達にとって友達とはかけがえの無いものである。 まして、このような特殊な条件下を共に生きて来た仲間で有れば、直の事だ。

 しかし。“この訓練施設の子供達”は違った。 あるモノは別に興味が無さそうに。あるモノはお腹を抱えて笑いながら。あるモノは困ったような悲しいような嬉しそうな、感情の捉え難い表情を浮かべて。あるモノはクスクスと可笑しさを噛み殺す様に笑いながら。 反応に違いは有るものの。その裏側にあるのは、同じ。 ああ。アイツ死んだんだ。 それだけである。そう。それだけなのだ。

 普通の人間が見れば、それはそれぞれの表情が物語る感情しか汲み取る事しか出来ないだろう。 顔に浮かぶ色それほどの鮮明で鮮烈で、しっかりとした輪郭を持った確固たるものに見える。 しかし。子供の観察力と言うのは侮りがたいものだ。特に、彼等のように死と隣りあわせで、いつもビクビクと周りを警戒している子供たちの洞察力は。

 別に感想なんて無い。感情も無い。 死んだと言う事象を確認するだけ。

 後から施設に来た子供たちにとって、その死への関心の無さはそれそのモノが恐怖の対象だった。なにせ他ならぬ、“自分達が目指すアサシン達の感覚”がそれなのだから。

ハウザー&マービット ハウザーの過去なのよ

 ハウザーにも、人並みに幼少期と言うものがあったりした。まだ幼かったハウザー少年は、同じくらいの歳の貴族や騎士の子供たちとはウマが合わない・・・と言うか、価値観が全く違う上に。「お高く留まった態度が気に入らない」と言う理由から、ハウザーが子供たちをボッコボコにしてしまうため、あまり遊ばなかった。 ハウザーの玩具・・・もとい、遊び相手は、大抵の場合彼の父が持つ領地にすむ、農民の子供たちだった。

 ハウザー。六歳の。

 当時。既に年上のガキ大将やらを拳でねじ伏せ屈服させ、複数のグループの頂点に君臨していたハウザーは、昆虫採集に熱中していた。

 カブト虫、トンボ、蝶、ジャイアントブル、かまきり、グリズリー、ゴブリン。様々な昆虫を採取しては、他の子供たちの取った無視と戦わせたり、サイズを競ったりして楽しんでいた。 ちなみに、ジャイアントブルとはハウザーが暮らしていた地域に生息する、野生の牛の一種である。非常に巨大、かつ獰猛で、体当りで木をへし折る事もあった。グリズリーとは、これまた大きなクマの事である。ゴブリンは、凶暴な亜人の一種で、ハウザーの暮らしている地域のものは、特に知能レベルが低く、凶暴な猿といった感じだった。 勿論、ジャイアントブルもグリズリーもゴブリンも、昆虫ではない。 だが。ハウザーは気にしなかった。当時のハウザーにとって、人間以外の動くもの全てが、採集の対象になりえたのである。

 農民の子供たちはそんなハウザーに恐れを通り越し、ある種尊敬の眼差しを向けていたのだった。 そんな、ある日の事である。

 

 

「・・・考えてみたら、俺一度もカブト虫ってとったことねーぞ・・・?」

 仲間達と薪を囲みながら、ハウザーはまるで心理にたどり着いたような顔でそう呟いた。 そう。ハウザーはジャイアントブルやグリズリーは取れても、まともに“昆虫”を採集したことが、一度も無かったのだ。

「そうだよ。俺カブト虫とったことねーよ。 ゴブリンとってる場合じゃねーよなぁ。カブト虫の方がカッコイイしよぉ。」

 ぐったりと動かなくなっているゴブリンが小山のように積まれている様を眺めながら、ハウザーはうんうんと頷く。ちなみに、ゴブリンたちはちゃんと生きていたりした。父親からの言いつけで、昆虫は捕まえた後、逃がす事にしているからだ。キャッチ&リリースである。

「な、なにいってるんですかハウザーさん。ゴブリンの方がつよいじゃありません!」

 一人の少年が、引き攣った笑顔でハウザーに言った。体格も身長も、どうみてもハウザーより年上・・・8歳といった所だろうか。しかし、さん付けであった。この場には少年少女が20ほど居たが、ハウザーを呼び捨てにするものは誰ひとり居なかった。別に強制しているわけではないのだが、何故かみんなハウザーの昆虫採集の姿をみると、さん付けになるのだった。

「強い弱いはかんけーねーんだよボケ!! かっこいいかカッコよくないかの話だろうが!!」

「ひ、ひぃぃ!! す、すいません!!」

 ビビって腰砕けになる少年を無視して、ハウザーは特性の虫取り網を握りしめた。金属製の物干し竿に、ドラム缶を輪切りにした物を取り付け、工場からかっぱらってきた金属ワイヤーで作った網を取り付けたものである。

「決めた!! 俺は今からカブト虫だけを取りに山に入る!! カブト虫が取れるまで、水も飲まねーし飯も喰わねー!! 山からも下りねーぞコラ!!」

 威嚇するように山を睨みつけるハウザーに、周りの子供たちもそれぞれの得物を手に立ち上がった。だが・・・。

「お前たちは残れ。」

 後ろも見ずに言ったハウザーの一言に、少年たちは凍りついた。

「は、ハウザーさん? 何言ってるんですか!」

「そうですよ! 山に行くなら、人数は多いほうが良いですって!」

「大勢の方が早く見つかりますし!」

「俺たち、足手まといにはなりませんぜ!」

 ハウザーを気遣う声に、しかしハウザーは首を横に振る。

「カブト虫は強敵だ・・・。考えてみたら、俺は今まで何度となく見かけはしたものの、追ってる最中で逃がしちまってる。 恐らく、ゴブリンより狡猾で、ジャイアントブルよりも早く、グリズリーより力強い昆虫なのだろう・・・。」

 いねーよそんな昆虫。つか、カブト虫じゃねーよ。 と、誰もが心の中で思った。しかし、誰もそれを口にしなかった。ハウザーがアホなのは、全員百も承知だったのだ。

「敵は強力・・・だからこそ、俺は一人で行く。 それを取った時、騎士にまた一歩近づける気がするからだ。 兜って言うくらいだしな!」

 やばい・・・。 妙に気合いの入ったハウザーの姿に、少年たちは冷や汗を流した。別にハウザーを心配しているわけではなかった。いや、勿論心配はしているのだが、こうなったときのハウザーは機動鎧でも持ってこないと倒せないことを良く知っているから、特に気にする必要は無いことを良く知っていたのだ。 この場合心配なのは・・・ハウザーが入っていく山の方なのであった。

 硬直する少年たち。その目の前に、唐突に一匹のカブト虫が飛び出してきた。 餌を求めて飛んできたのか、フラフラと森の木々を縫い、少し広くなったハウザーたちの居る場所に寄ってきたのだ。

 突然の敵手の出現に、ハウザーは表情を険しくした。まるで親の敵でも見るかのような表情を作ると、裂帛の気合いと共に網を振るう。

「くらぇぇぇえ!!!」

 ブオン!!! と、まるで大木でも振るうかの様な音を上げて、網が旋回する。が、すんでの所でフラフラと舞い上がったカブト虫は、するりと網を避けてしまった。 勢い余った網は近くの木にめり込むと、メシメシと音を立てて幹の半分ほどにまで食い込んでしまった。

「ち・・・!まだまだぁ!!」

 力任せに網を木から引き離すと、ハウザーは再度、渾身の力を込めて網を振るう。が、今度は地面すれすれに急降下したカブト虫を追いきれず、ざっくりと地面を抉る結果に終る。

「う、動きが追いきれねぇ・・・!」

 愕然とするハウザーを余所に、カブト虫はハウザーに背を向け、ぶ〜んと森の中に逃げて行ってしまった。 網を地面から引き抜いていたハウザーは、その隙に自分から少し離れてしまったカブト虫を見失っていたりした。 ちなみに、距離はまだ4mも離れていない。

「ど、どこ行きやがったあのカブト虫!! くっそ! ゼッテー見つけてやる!!」

 悔しそうに唸るハウザー。 そして、きょろきょろとあたりを見回すと、カブト虫とは正反対の方に向かって、全力疾走で走り始めた。

 そんなハウザーを、全くリアクションが取れないまま見送った少年たちは、がっくりと肩を落とし、溜息を付いた。

「でたよ・・・ハウザーさんの悪い癖・・・。」

「ああ・・・。あの人は、逃げるものには絶対に追いつけないんだよなぁ・・・。」

 そう。ハウザーには妙な所があった。 自分に向かってくるものに対しては、超絶的な力を発揮するのにも拘らず・・・自分から逃れようとするものを追う事に関してはからっきしなのである。 少し前、ハウザーは寝室で寝ていた自分を刺した蚊を叩こうとして、三十分近く格闘。結局、蚊を潰せぬまま、自分のベットをぺしゃんこに叩き潰したりしてた。 他にも、蝶を追ってクマを。クワガタを追ってゴブリンの群れを。バッタを追ってロック鳥をボコボコニしたりしていた。 昆虫を追っている途中で襲ってくるモンスターは悉く撃退するものの、肝心の昆虫、つまり、“自分から逃げようとするもの”には、どうしても手が届かないのであった。

「ま・・・つっても、ハウザーさんのことだ・・・きっと捕まえて、すぐに戻ってくるさ。」

「そうだよなぁ。 今までが異常だっただけだよなぁ。あの人、無茶苦茶運動神経良いんだし。」

「町に戻って、食い物の用意でもしときますか。」

 少年たちはそう決めると、火の始末をして町に戻る事にした。何だかんだ言って、少年たちはハウザーの事を信じたのである。だが・・・。

 ハウザーは一週間後。空腹と乾きで地面に転がっている所を、父の“ハウロス・ブラックマン”によって発見されるのであった。 そのときハウザーの周りには、まるで小山のようにモンスターたちが積み上げられていたという。そして、救出された時ハウザーは一言。

「か。カブト虫・・・カブト虫はどこだ・・・。」

 と、呟いたという。 そう。このとき、彼はまだ、カブト虫を捕まえていなかったのである・・・。

ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

 マービットの姉となる人物が、そうとは知らずマービットに見とれている、同じ頃。遠く離れた山奥にて、一人の男の子と・・・いやさ。漢とドラゴンがにらみ合ってた。

 

「その頃のハウザーさん。」

 

 ドラゴンの子供。 子供とはいえ、その大きさたるや牛をもし凌ぐ物である。 ブレスを吐き、力強く、何より幼さゆえに加減と恐れを知らない。 ある意味では、成竜よりもたちが悪いそれを、少年は真正面から睨みつけ・・・気押していた。

「ぐるるる・・・・。」 低く唸るドラゴンを物ともせず、少年は身じろぎ、瞬きすらせずに、ドラゴンの目を見据えていた。

 少年の名は、ハウザー。 ハウザー・ブラックマン(六歳)。 年齢の割りに身長がありしっかりとした体つきではあるものの、見た目は目つきの悪い普通の少年である。 しかし、彼はそんな見た目とは相反し、普通の少年ではなかった。それはドラゴンと真正面からにらみ合っている事でもお分かりいただけるだろう。

 ハウザーには夢があった。唯一にして最大の夢。 それは、父を越える騎士になることである。

 ハウザーの父は近衛騎士だ。 領地こそ辺境では有るが、飛竜に乗り戦槌を振るうその姿から、“黒衣の聖騎士”とあだ名される議会の発言権も大きい傭兵貴族であった。

 ある日ハウザーは父に尋ねた。「どうしたらつよくなれる。」と。 父は暫く全くの無表情で考え込み、同じく全くの無表情で応えた。「強い敵(とも)を持て。」 空かさず、「だれがつよい?」 と、ハウザーは聞いた。 今度の答えは、間髪入れずに帰ってきた。やはり完璧な無表情で、一言。「ドラゴン。」

 故に、ハウザーは誓った。「いつかどらごんにかつ!」と。

 

 そして、六歳の誕生日を迎えた今。ドラゴンとにらみ合っているわけである。

 ドラゴンは焦っていた。 子供といえど、ドラゴンである。自らが最強の種であることは、本能が知っている。こんなサルの進化系の子供に睨まれる程度、どうと言うことはない。 どうと言うことは無い。はずだった。 だが・・・。

「ぐるる・・・・。」

 動けなかった。何故か、体が全く動かないのだ。 恐怖であろうか。いや。それを感じるには相手はいささか小さすぎる。大体、何故ドラゴンである自分が人間風情に。 そう思いつつも、ドラゴンは動けなかった。 汗が掻けるなら、冷や汗でぐだぐだになるほどの緊張しながら、ドラゴンは今一度目の前の子供を品定めする。

 ガタイは、あの年頃の子供にしてはよいほうだろう。 魔力は感じられない。精霊の籠を受けているわけでも、特別な防具を身に付けている訳でもない。武器といえば、精々何故か持っている物干し竿(竹製)くらいだ。

 そう。恐怖を感じる必要など皆無なのだ。 もし魔法が使えても、強靭な鱗が弾き返す。いや、それ以前に、人間など、攻撃してくる前に殴り飛ばせる。子供の竜で有るゆえに丸のみとは行かないが、それでも前足を人薙ぎすればこの程度の人間、話にすらならず髪のように吹き飛び引きちぎれるだろう。

 そうだ。恐れる事など無い。 必死に自分を鼓舞するドラゴン。 そんな心情を知ってかしらずか、ハウザーは一歩。 ザンッ と、間合いを詰めた。

「・・・!」

 その一歩で、ドラゴンの心からわずかばかり残っていた余裕が消えた。 いや。一歩ではない。余裕を奪い去ったのは、その一歩を踏み出したときの、ハウザーの目だ。

「(なんて目してやがる・・・! まるで敵を睨みつける、古代龍みてぇーな目だ・・・!)」

 また一歩。 ザンッ と、ハウザーは一歩ドラゴンとの間合いを詰めた。 「・・・ぐるる・・・?!」 唸りながらも、完全に気圧されたドラゴンは後ろに一歩下がった。

 一歩。 一歩。 ドラゴンは追い詰められていた。 「(な、なんなんだこのガキは・・・! ど、どうすれば、どうすれば助かる・・・?!)」

 もはやドラゴンに余裕は皆無だった。逃げ出そうにも、背を向ければ叩き切られそうなその気迫に、少しずつ後退することしか出来なくなっていたのだ。 だが、しかし。ハウザーはそれを許さなかった。

 ゆっくりと。本当にゆっくりと。 “槍”の切っ先を、ドラゴンに向け始めたのだ。無論実際は槍などではなく、物干し竿である。 しかしドラゴンには、それは今まで見たどんな恐ろしい殺傷力を持つ武器よりも恐ろしく見えたのだ。

 向けるな。 と、ドラゴンは思う。 下に向けられていた切っ先が、徐々に上がってくる。 向けるな。ドラゴンは後ずさりながら念じる。 切っ先はゆっくりと、ゆっくりと上がってくる。 向けるな・・・! 切っ先がドラゴンの眉間の高さまであげられ、狙いを澄まそうとゆらりと揺れる。

 ブンッ!!  突然、ドラゴンがハウザーを狙い、前足を思い切り振り下ろした。強烈な踏み潰しである。 緊張感に耐え切れ無くなり、攻撃に出たのだ。

 ドンッ!!

 大きな音が響き、土煙が上がる。

 やった! みたか人間風情が! ドラゴンに猿如きが勝てるいわれが・・・!

 ドラゴンがそこまで思った時だった。砂煙が晴れ、ハウザーの姿が見えた。 “物干し竿を構えていない片手で、ドラゴンの前足を止めた”ハウザーの姿が・・・!

「ぎ・・・?!」

 ドラゴンが叫ぼうとした、そのときだった。

「うぉぉぉおおおらあぁっ!!!」

 ズドォォン!!  それはまるで、摩擦熱で竹が爆発したかのような音だった。

 死んだ。ドラゴンですらそう思った。   しかし・・・。

「・・・。」

 硬く目を瞑っていたドラゴンは、ゆっくりと、恐る恐る目を開けた。 と・・・。物干し竿は、眉間すれすれの位置で止まっていたのだ。

「ぐ、る、るぅぅぅ・・・。」

 ドサン。 全身の力が抜けたように、ドラゴンは倒れ付した。 気こそ失っていないが、戦意は完全に消え去っていた。

 そんなドラゴンを見つめ、少年は無言で佇んでいた。

 笑うなら笑え・・・。 完敗。正に完敗である。 人間に、人間の子供にドラゴンか完敗したのである。不甲斐ない。いや、情け無い・・・。

「たてるか?」

 しかし。 ドラゴンに向けられたのは、彼を助け起こそうと伸ばされた手だった。

 頭をかき乱された様な気になり、ドラゴンは弾かれたように頭を上げた。 その目に映ったのは、真っ直ぐ。ただ真っ直ぐ自分を見る少年の目だった。

 誇るでもなく。あざけるでもなく。 ただ、友を気遣う目だったのだ。

 敵わない。  力でも。気持ちでも。  最強の生物であるはずのドラゴンが、たった一人の子供に、本当の意味で負けた瞬間だった。

 

数刻後・・・。

「ど、ドラゴンダァ〜!!」

「ぎゃぁ〜〜!!」

 逃げ惑う民達を、「きょうもげんきそうだ。」と、的外れな事を言いながら眺めるハウザーが目撃される事になる。 ちなみにこのときハウザーは、強敵(とも)であるドラゴンに跨っていたのだった。

ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

マービットが施設に入ってから暫くしてのことだった。 突然。マービットたちが訓練をしている施設に、年上の少年少女達が入れられてきた。

 彼等はマービット達の様に生まれた時から“アサシンになるため”に育てられてきた子供たちではなく、ごく普通に生まれ、売り飛ばされてきた子供たちだった。

 彼等は“通常の訓練施設”で教育されていた子供たちで、その中でも特に優秀な子供たちが送られてきたのだ。

 その頃、元々その施設に居た少年少女の数は、十分の一以下になっていた。残った子供たちは感情が欠落したように無表情だったり、いやにニコニコしていたりと、とても普通の同い年の子供たちと同じ様には見えない有様だった。

 後から送られてきた少年少女たちにとって、そう言った“元々施設にいた子供たち”は、異質で相容れない存在だった。 それもそのはず。自分達よりもずっと辛い訓練を、生まれた時からずーっと受けてきたような、人を殺すことを目的に生きて来た連中である。少し前。自分達には確かに居た親たちが、いけない事だと教えてくれたことをこそ目的に生まれてきた、まさしく悪魔にも等しい連中なのだから。

 

 

 アリシア・ケンブリッジ。 それが今日から私の名前だそうです。 前の名前は・・・お父さんとお母さんが付けてくれた名前は、もう私のものでは有りません。 私の持ち物は全部。お人形も、お洋服も・・・名前も売ってしまいました。 残っているのは、私だけです。

 “アサシン”になるために、私はずっと訓練を受けてきました。私以外の“売られてきた子達”と一緒に、頑張ってきました。 でも、何人かの子達が怪我をして、死んでしまいました。中には仲が良かった子もいて、とても悲しかったです。 大切な友達が死んでしまった日は、ベットの中で泣きました。 ベット以外で泣いていると、教官の人に怒られるので、泣けませんでしたから・・・。

 今日から私達は、子供もの頃からアサシンになるために訓練をしてきた子供たちと一緒に暮らす事になりました。 この中に、私の“弟”になる子が居るそうです。

 顔かたちが似ているから、兄弟と言う事にして、お仕事をしやすくするんだそうです。 どんな子だろう。何となく怖いな、と思いながら、私は一緒に暮らす事になる子供たちとの顔合わせに出席しました。

 生まれた時から、アサシンになるために訓練を受けてきた子達。皆、無表情だったり、人付きの良さそうな笑顔だったり、ボーっとしていたりしていました。 皆思ったより怖い外見はしていませんでした。 でも、何ででしょう。その怖くないところが、逆にとても怖かったです。 本当の気持ちをばれないように、表情を浮かべている感じだったからでしょうか。皆私達よりも凄い訓練をしているはずなのに、私達のようにオドオドした様子も、怖がっている様子も、全くなかったからでしょうか・・・・?

 そんな中で一人だけ。変わった子が居ました。 落ち着き無くキョロキョロとして、立ったり座ったり、私達のほうを見て笑ったり感心したりしている男の子。 キラキラとした綺麗な髪に、驚くくらい整った顔立ちをした、綺麗な・・・男の子なのに綺麗って言うのはおかしいかもしれないけど。本当に綺麗な男の子でした。

 彼の名前が“マービット・ケンブリッジ”で、私の弟になる子だと知ったのは、山の中の施設に移った、一週間くらい後の事でした。