ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

 アサシンの育成というのは、実は至極専門的な技術と知識を要する作業であった。

 何せ人を殺すことを専門にする人間を育て上げるのだ。 下手に恨みを買えば、訓練途中でうっかり反逆されて殺されてしまいかねない。 かと言って甘やかしてもいけない。 普通の人間よりもよほど強靭で狡猾で人の裏を書くのに長け、尚且つ証拠を残さず人を殺したり、情報を引き出すための拷問術にまで長ける人間を作り上げ無ければ成らない訳だから。

 厳しく、辛く、死ぬような目に遭わせつつも・・・その対象には恨まれない。 そんなスキルが、アサシン育成者には求められるのだ。

 そんな。成るのが非常に困難な“アサシン育成者”の一人が、ベットと机が一脚あるだけの自室で、難しそうな顔をして唸っていた。

 彼は元々組織付きのアサシンであったが、「まとまった睡眠が取れない」と言う理由から引退。後進の育成に性を出すことにしたのだった。 ちなみに彼、“アービン・ファフニール”は、今年26歳の鉱石人である。 生体金属と呼ばれる生きる無機物を共生相手として体内に取り込み生きる鉱物人の平均寿命は普通の人間と同じくらい。 アービンと言う男のやる気の無さがお分かりいただけるだろうか。

 このアービンは、二年ほど前から“マービット・ケンブリッジ”の飼育を担当していた。 彼が今唸っている理由は、そのマービットにかんすることだった。

 二ヶ月ほど前。アービンの判断で、一人の少女をマービットに会わせることにした。“アリシア・ケンブリッジ”。マービットの姉と言うことにする少女である。

 生まれる前からアサシンとして育成されることが決まっていたマービットには、兄弟姉妹は居ない。しかし今だ農耕を営む民が多いこの星に置いて、一人っ子と言うのは実に稀である。 優秀なアサシンはどんな場所にでも溶け込み浸透できなくてはならない。 一人っ子と言う珍しい境遇のものは、すこぶるとまでは言わないまでも不自然。幼い頃の原体験とも言える兄弟との思い出と言うのは、作り上げたり嘘で通せるほど生易しいものではない。 ならば、アサシンとして育成している子供同士を兄弟として育てレば良い。 それはアービンやマービットが所属する組織では当たり前のようにとられているアサシン育成方法の一つであった。

 しかし。後付の兄弟姉妹を引き合わせるタイミングと言うのは、非常に難しいものであった。 幼い内で無ければならない。あまり年齢が上になってからでは、そもそも原体験をさせるためだと言うのに意味が無い。

 マービットとアリシアの場合は、異例も異例だった。 何せ普通兄弟として組み合わせられるのは、“アサシンとして生まれてきたもの”ならそれ同士。が、基本なのだから。 それもそうだ。 何せ普通の世界で暮らしてきた子供たちにとってマービットのような存在は、異質な“化け物”にしか写らないのだから。

 だが。マービットに限っては、アービンの判断は定石を覆すものだった。 当たり前の日常を知るアリシア。マービットと言う個体は、アリシアからその“普通の世界”を、恐らく押し知ることが出来る知能レベルを有しているのではないか。 また、アリシアという個体は、マービットと言う化け物を容認して受け入れることが出来るのではないか。 そう考えたのだ。

 実際。引き合わせてから一週間ほどで、アリシアはアービンの思惑通り、マービットを実の弟のように可愛がり始めた。マービットもそれに甘えるようにすらなっていた。

 子供と言うのは、大人が考える以上に他人の意識に敏感である。 大人のように経験則や余計な知識、保身のための思考がない分、寧ろ子供の方が人をみるめがあるといって良いだろう。 ましてマービットはアサシンになるために育てられている個体。人間の本性やそう言う類の物を見極めるすべには長けている。 アリシアも随分ひどい目に遭っている少女だ。人間不信の塊になっていると見て良いだろう。 そんな二人が、二人とも相手に懐いている。

 兄弟姉妹として、仲が良い。仲が良い兄弟姉妹が居て、よく遊んだ。 それは組織にとって良い原体験と言える。人間社会に溶け込み、違和感無く仕事をこなすための大切な要素の一つであるから。

 だが・・・アービン以外の育成者の一人が、こんなことを言い始めた。

「アレはまるで恋人同士のように仲睦まじい」

 確かに、二人はもう分別が付いている。変な言い方をすれば、“ませている”のだ。 恋人が出来てもおかしくは無い。恋をしてもなんら問題は無い。 組織としても、恋愛は別に構わないと判断をしていた。 どうせどちらもアサシンとして動くことに成るのだモチベーションを上げるにしても、いざとい時の人質としても、そう言う対象が居るのは悪くない。

 まるで恋人の様。が、本当の恋人に。 なんら問題は無い。 だが、“姉と弟が恋人同士”と言うのは問題があるわけだ。 まさか侵入した先でうっかり、「姉と結ばれたことがあります」などと口走った日には、目も当てられない。別の意味で任務に支障が出る訳だ。 うっかり口を付いて出るのが原体験である。それを調整すつた目の行為が意味が無い。

 そう。今アービンが悩んでいるのは簡単なこと。 「マービットとアリシアの関係をどうするか。」 このまま姉弟にするのか。それとも変えるのか・・・。

 

「ていうか上もこんな堅苦しい文章でそんな内容の伝令かかんでもよかろーによ。」

 ぼけーっとした、いかにも眠そうな顔でそう毒付くと、アービンはごろりとベットに転がった。

 実際、アービンにとってマービットがアリシアに懐くだろうと言うのは、予想の範疇だった。 マービットと言う個体は、現在の同時期に生まれた中でも、飛びぬけて優秀だった。ただどう言う訳か、そう言った個体特有の無関心さが微塵も感じられなかった。 優秀で秀でる個体というのは、押しなべて何か達観したような、諦めた様な。どこか世間ズレした所が出るものであった。

 無論マービットもずれていると言えばずれているのだが・・・何と言うのだろうか。 そのずれ方と言うのが、どうにも当たり前の子供。それも無邪気な子供のようなずれ方をしているのだ。

 所謂、天然系という奴だろうか。 物心が付いていないような何にも考えていないような・・・。 かと言って、訓練の成績を見る分には、確かにほかの個体よりも優れた結果を出しているのだ。

「・・・つかみ所の無い奴だよまったくよぉ。」

 誰に言うとも無くつぶやくと、アービンはごろりとベットの上で寝返りを打った。

 アービンの見立てでは、アリシアは純粋にマービットを弟として可愛がっていた。いつもどこかそわそわと落ち着きの無いマービットの言動や態度が、元々弟がいたと言うアリシアの姉としての心を刺激するからだろう。

 では、マービットはどうだろう。 アレが感じているのは、どこか兄弟と言うものとは少し違う。アービンは、そう思っていた。 マービットは、今まで一つも“自分の物”と言い切れる、個人で所有、独占できるものを持ったことが無かった。 訓練のときに使う道具も服も。食器もイスも机も、時には呼称さえ日替わりで変えさせられたこともあった。 それが最近になりようやく、名を“マービット・ケンブリッジ”とされ、“姉”と言う目に見えて、触れることの出来る、自分とだけ特別な繋がりがあるものを手に入れたのだ。

 マービット自身も、気が付いているかは分からない。だが、マービットにとってアリシアは、“姉”であって、“姉”では無い。初めて手に入れた、言わば“マービットだけのモノ”。 “宝物”なのだ。