レニス王国宰相 アルベルト・ストラルフ(6)

「例のサンプル。ご推察通りの品でした。」

 車椅子に座ったその女性は、どこか焦点のはっきりしない目を泳がせながら、目の前の執務机に座るアルベルトに報告を続けた。

「“テラ”時間、3042年2月3日に“アルビオル・D・グッドフォース”博士が召喚に成功した“天使”。その体組織の一部。“羽”であることを確認しました。」

 がらがらに掠れた、振り絞るような声にも拘らず、女性はうっすらと笑みすら浮かべて、何か見えないものでも目で追っている様にゆるゆると視線と首を泳がせていた。

 そんな女性の態度を気にした様子も無く。寧ろ一瞥もくれることなくキーボードを叩いていた指を止め、アルベルトは深い溜息をついた。

 車椅子の女性。彼女の名は、“レブラフラ・クイルドレイ”。 近衛騎士団 四番隊隊長にして、“邪眼の”レブラフラと呼ばれる、齢600を越える大魔女だ。

 光を吸収するように黒い瞳と、同じ色の長いウエーブのかかった髪。そして、病的なまでに白い肌をした彼女は、一見すると実に美しい女性だった。年齢不詳のその外見は実に魅力的であったが、暫く眺めていると、何故か背筋が冷えるような錯覚に陥る。そう言う類の、ある種幽鬼じみたこの女性は、アルベルトの数少ない側近。腹心の一人だった。

「やはりか・・・当たって欲しくない“ご推察”だったんだがなぁ。」

 首を振りこめかみを押さえながら立ち上がると、アルベルトはとても13歳と言う年齢にはそぐわない態度で舌打ちをした。

「わたくしには理解致しかねます。あのように貴重な希少な物を使って“絵の具”を作るとは。」

 ゆるゆると視線を泳がせながらそう言うレブラフラに、アルベルトは「俺もそう思うがな」と頷いた。

「アルビオル・D・グッドフォース。道楽な猫人で、興味を持ったら突き進むタイプ。その男が召喚に成功し、その後“絵の具”を作るために同人が何らかの手段で召喚した天使を捕獲、殺害した事件。俗に“リゴドアバレー・天使解体事件”。 そのとき作られたっつー“エンジェルホワイト”って“絵の具”。知ってるな?」

「は。 例のサンプルの事かと。」

「そうだ。 恐らくな。 お前に解析を頼んだサンプルは、“マブレー・クワリフ”作・絵画“廃頽”に使用されていた絵の具だ。」

 アルベルトの言葉に、レブラフラは感心したような、面白い事でも見つけたような声を出した。

「リゴドアバレーの件は、確か今だに不可解な点が多いと聞きます。曰く。何故天使を捕まえられたのか。何故絵の具にしたのか。そして、術式自体はそう難しくも無いとはいえ、なぜ天使を、“医者であるアルビオル博士が”召喚したのか。」

「それに付け加えて、作った絵の具はどこに消えたのか。」

 アルベルトはそう言うと、自分の机の引き出しに手を書け、一枚の白紙を引き出した。机の上にそれを置くと、いつの間にか真っ赤な液体塗れになっている人差し指をそれに押し当てる。

「天使召喚は行われたものの、暴れないうちに絵の具なんかにされた事件だ。約40年前の事件だが、今でも時々騒がれるからな。」

「謎が謎のまま四十年前に消えた絵の具が、画家の手で使われていた。と、言う事ですか。」

「そう。そう言うことだ。」

「今この時期にわたくしにこのサンプルを調べさせたと言う事は。なにか有るのですか?」

 紙の上に押し当てられた指に付いた真っ赤な液体。自身の血が徐々に紙に吸い込まれていくのを眺めながら、アルベルトは不機嫌そうに眉をしかめた。

「あって欲しくないんだがな。 マブレー・クワリフって男は、なかなか腕の良い絵師なんだが、数ヶ月前白い絵の具を持った人物が、“此れを使って絵を描いてくれ”と依頼して来たらしい。 今まで見た事も無いような白に、マブレーは1も2も無く飛びつき、“廃頽”を僅か一週間で書き上げた。完成したそれは暫くマブレーの仕事部屋に飾られた後、依頼人の手に渡った。」

 紙の中央に、十センチほどの血で出来た円が形作られた所で、アルベルトは紙から指を離した。

「そのさらに一週間後。マブレーは何ものかに“頭だけ齧りとられて”殺された。遺体が見つかったのは、公園のブランコだったらしい。」

「“廃頽”は今どこに?」

「それがな。どう言う訳か“天使を召喚する”とか言い出した国に向かって運ばれてる。それも堂々と。客船の美術館に展示されてな。」

 アルベルトの言葉を聴きながら、レブラフラは楽しそうにくつくつと笑いをこぼす。

「きな臭い。気に入らない。調べて来い。」

 心底楽しそうに宙に目を泳がせながら呟くレブラフラ。

「そうだ。それが俺の命令だ。お前はマブレーに絵を描かせた奴を徹底的に調べろ。根掘り葉掘り。全てだ。」

 アルベルトは自分後の染みた紙をレブラフラに突きつける。レブラフラはその紙に視線全く動かさないにも関わらず、正確にそれを受け取る。

「絵自体の方には別の奴を付ける。お前は四番隊を使って、手段問わず仕事を片付けろ。良いな。」

 十三歳の少年の言葉に、齢600を越える美しい大魔女は、実に楽しそうにくつくつと笑い声を上げると、その車椅子が示すように体が動かないのか首だけをコクリと動かした。

「はい。お師匠様の命とあれば。」