博士の風変わりな研究と飯のタネ(36)

 都会と呼ばれるような環境からかけ離れた、所謂テレビも上下水道も魔力線も無い様な、所謂ファンタジーの典型のような田舎町から出てきたアッシュ少年にとって、今現在自分が置かれた状況は、恐怖そのものだった。

 何ゆえか追いかけてくる、武装した人々。彼等が口にしていた言葉から察するに、何故か自分には賞金がかけられているらしいのだ。しかも、目の玉が飛び出るほど高額の賞金であるらしい。

 無論、賞金をかけられるような事をした覚えは微塵も無い。一瞬、悪魔族が嫌われているからかとも思ったが、逃げている最中、自分と同じ悪魔族がコインランドリーで全裸に成って洗濯が終るのを待っているのを見かけたので、そう言うわけでも無さそうだと分かった。と言うか何故彼は全裸だったのだろう。やはり着る物を全て洗ったのだろうか。

 兎も角、理由はトモアレ、追われているからには捕まる訳には行かなかった。なにせ、追って来る人々と来たら、全員が全員恐ろしそうな得物やら武装やらをしているのだ。中には機動鎧などと言う、あからさまな戦争兵器まで持ち出す人まで居る始末である。

 最初こそ適当に捕まったほうが逆に安全なのではないか? きっと賞金をかけられたのだって何かの間違えなのだし、誤解を解くにしてもその方が良いのではないか。 などとも思ったものだったが、真っ赤な鎧を着た気合い気合いと連呼している人が現れた辺りから、完全に気が変わった。生かして捕まえてもらえそうに無い。と、判断したためである。

 何よりアッシュを恐怖に陥れたのは、自分を追って来る面子の豪華さであった。 “魔弾の”ジェーン。“要塞落としの”ガルシャラ・カーマイン。“二十日鼠”。よく見ればあの赤い鎧も、新田 英児。名うての傭兵ではないか。

 アクア・ルートに来るまでの道すがら、噂に聞いた冒険者や戦争屋、傭兵達である。アッシュが野球少年ならば、彼等はメジャーリーガー。三段も四段も格が違う相手である。 そんな人々を相手にアッシュが逃げ切れてきたのは、彼等が互いに戦ってくれているお陰であった。

 アッシュを追ってきた人々はことごとく、自分の仲間以外の人と争い、互いの足を引っ張り合いをし始めた。 アッシュはその隙にコレ幸いと逃げ出してきたのだ。が、今回はそうもいかないようだった。

 今アッシュが居るのは、道路沿いの通話ボックスのなかだった。透明なガラス系素材で出来た縦長の人一人入るのがやっとの個室に閉じこもり・・・周囲を途轍もない数の人形に囲まれていた。

 ジェーンと英児の戦いに、“二十日鼠”が横槍を入れたとこらへんのことである。 「このまま無防備でいたら確実に巻き添えで吹き飛ばされる」と本能的に感じたアッシュは、とりあえず人並みに使えた障壁魔法を近くの通話ボックスに施し、中に閉じこもったのである。 種族的に尋常よりも魔力の高いアッシュの張った障壁である。その尋常じゃない防御力のお陰でなんとかとばっちりを食わずに済んだものの・・・。今ではそのせいで、外に出るに出られない状況に陥ってしまった。といった所な訳だ。

「せ、選択ミスでした・・・! せめて逃げ込んだ先が車なら、移動できたんですが・・・!」

 実際にはアッシュは車の運転など出来ないから、何に逃げ込んでも一緒なのだが。黒尽くめの集団に囲まれてバチバチ叩かれている今の心理状態では、そこまで頭が回らないようである。

「とにかく、今下手に外に出たら命が危ないですよね・・・。じっとしていた方が良さそうです・・・。」

 半泣きでボックスの中央に体育座りするアッシュ。 壁に寄ると人形が沢山で怖いのだ。

 と。座り込んでいたアッシュの耳に、甲高い金属音のような音が入ってきた。アッシュの表情が、一気にこわばった。この手の音を出すのは、飛行物体。それも・・・空戦に対応した飛行できる機動鎧と相場が決まっているのだ。

 慌てて顔を上げたアッシュの目に飛び込んできたのは、予想通り、機動鎧だった。

「刀状の翼の鳥獣型鎧に・・・眼帯髑髏・・・? “七海殺戮海賊団”の“刀翼”?! ってことは、ライエル・ザ・“ホークアイ”?!」

 頭を抱えて悲鳴のような声を上げるアッシュ。悲鳴のような、と言うか、寧ろ悲鳴といって良いだろう絶叫である。

 ライエル・ザ・“ホークアイ”と、“刀翼”。この二つの言葉は、語り草になるほど有名な名である。

 元々ある小国の騎士であったライエルは、先の大戦で一騎当千の戦果を上げたにも拘らず、終結後、地位を捨て、一人の女性と駆け落ちをしたのである。その女性とは、勿論“七海殺戮海賊団”団長“ガトリング”ミリーその人である。

 レニス王国のような超大国であるならば兎も角、普通の国にとって、一騎当千とも成りえる兵は貴重も貴重。国防の要とも言える。通常ではありえない戦力であり、無ければ戦が成り立たないと行っても良い人外魔境の兵は、例え一人でも惜しいものである。 当然その国は何とかしてライエルを手元に戻そうと、あの手この手。最終的には、武力までも投入した。 ライエルを欲したのは、その小国だけではない。他の国々も、“機動鎧”と言う戦争の花形を、まるで天使か悪魔の如く使いこなすライエルを、様々な手で手に入れようとした。

 しかし、ライエルは己の判断力と、たった一機の機動鎧だけでそれら全てを払いのけたのである。今ではどの国も、ライエルに手を出そうとは考えないほどだ。

 その、“たった一機の機動鎧”こそ、鷹型機動鎧“刀翼(touyoku)”なのだ。 兎人の使う、刀と同じ技術で作り上げられた刃の翼に、装甲全てに張り巡らされた飛行魔術式。常人では、例え人工精霊によるサポートがあったとしても制御の難しい“空中高速格闘戦”と言うコンセプトの機体。それをライエルは自分の腕だけで完璧に制御し、通常の人型機動鎧では付いてこれないほどの高速で運用するのだ。

 “七海殺戮海賊団”が今日も捕まらず悠々と空を渡っているのは、ライエルが居たからだ。 本当ならば厄介者とされるような、国からマークされている側の人間であるはずの男を刺して、そう言わしめる。 ライエル・ザ・“ホークアイ”。それが、“ホークアイ(鷹の目)”の二つ名を持つ彼の実力だった。

「ま、まさか・・・。海賊の人まで、ボクを捕まえようとしてるなんてことは・・・。」

 半泣き半笑い顔で、口元を引きつらせるアッシュ。が、この淡い期待は、一瞬で裏切られた。

 ビルの間を縫うように飛行し、英児やジェーンが戦闘している場所を避けるように接近してくる“刀翼”。魔法で浮いているため、さほど派手な飛行音はせず、小さな金属音がするだけでは合ったが、流石に全長6メートルを越える巨大な鳥の出現に、戦闘の手も止まった様子であった。

「あ! 居た居た。君が賞金首さんだよね?!」

 “刀翼”から、声が響いてきた。アッシュは直接あった事も、声を聞いた事も無かったが、恐らくこの声の主こそ、ライエルだろう。

「ぼくの名前は、ライエル。いまぼくのウチ、お金なくて大変なんだ。だから、君を捕まえてお金稼がなくちゃいけないんだって、シャムリース君が言ってたんだ!」

 まるで子供のような無邪気な口調である。が、声を発しているのが“刀翼”であるが故に、逆に恐怖を煽り立てた。

「だから、これから君を捕まえるねっ!」

 なぜか少し照れたようなその声を聞き、アッシュは全身後が滝のように落下していく錯覚に陥った。 こんな事を言われて、他の人たちが黙っている訳が無い。 きっと、そう。

「れ、レッツパーティー・・・?」

 我知らずそんな単語を呟き、ああ。もうなんか。ある意味パーティーに成るんだろうなー。と、軽い絶望と共に思うアッシュであった。