博士の風変わりな研究と飯のタネ(29)

 三十階建て以上の高層ビルが立ち並び、広い三車線道路が敷かれている。 立ち並んだ街路樹はどれも大きく力強い。緑化が義務付けられているためか、町並みには見渡しただけで何百本と言う樹木や、様々な緑、花が有った。

 行きかう車は魔法によって動いている為、有害な排気ガスなどとは無縁だ。そのためか、この大都会“アクア・ルート”と言う街は、我々が知る大都会とは異なり、清々しいまでに空気の澄んだ所だった。

 舗装された道路に使われているのは、礫やジャリなどを圧縮、一枚石のように固めたもので、石油のような化石燃料から作られたもので無かった。 そのためか、人工的に作られたはずの路面すらも、踏み固められて出来た道のように自然な外観に見えていた。

 広く清潔な印象のある表通りは、海岸線に沿って延びていた。 大型の船が発着し、物資が行きかうアクア・ルートでは、海、つまり港の近くが一等地な訳である。 逆説的に、海から離れた所は、住宅地や工業地帯となる訳だ。 そしてそのさらに内陸側は、スラムや開発されていない森が広がっている。

「しっかし。スラムスラムッて言うけどさ。ここのスラムはスラムじゃねーなぁ、おい。」

「ほんと。ほんとそう。マジありえねぇー。美しすぎでしょ! この街のはよ!」

「上下水道と魔力線の普及率100%だそうですぞ。」

「ブルジョワジー!」

 アクア・ルート上空を飛び交いながら、“七海殺戮海賊団”の機動鎧乗りたちは、思いの丈を叫び合っていた。 大半が辺境生まれの彼等にとって見れば、アクア・ルートはスラムでさえ超が付く大都会に映るのだ。

「チンピラもヤクザモンもいねーっつー話よ?」

「そ。そっそ。マジでデカイ組織でもねぇー限りここじゃ一瞬で消されっちまうだろうからな! なにせ騎士団傭兵冒険者! ビックリ人間で一杯だ!」

「都会はいいなぁ〜。都会はよぅ。 ねぇ、兄(あに)さんもそう思うッしょ?」

「・・・へ? ぼく?」

 行きかう共同無線をぼけーっと聞き流していたところに急に声をかけられ、“兄さん”こと、“ライエル・クワイゼン”は、驚いたように顔を上げた。

「なにしてたんすか? 兄さん?」

「うん。ちょっと考え事だよ。気にしないで。 でも、本当に綺麗だね。この街は。うん。壊さないように気を付けながらお仕事しないとね。」

 そう言うとライエルは、ニッコリと笑顔を作った。

 ライエルはダークエルフでありながら、柔和で純朴な顔立ちだった。種族の特徴である“美しさ”をどこかに忘れてきたように素朴さを、全身から漂わせていた。 どこかボーっとしたような目に、ヘラッとした口元。輪郭も可もなく不可もなく。十派一絡げにされそうな顔立ちに、少し太めの眉。身体つきも実に普通な、中肉中背だった。本来筋肉質でありながらしなやかで鞭のように引き締まった身体であるはずなのだが・・・そんな要素は微塵も無かった。

 一見頼りなさげなライエルだったが、彼の機動鎧乗りとしてのセンスは、ずば抜けていた。本来、熟練の戦士が扱うことでその性能を発揮するのが機動鎧である。それは、イメージをそのまま機動に反映する機構が有るからである。 肉体の延長として作られて居る以上、己の肉体を使いこなせるモノが乗った方が、強くなるわけだ。 しかし中には、“肉体の延長”ではなく、“機動鎧”として機動鎧を操り、熟練の戦士に並ぶほどの性能を引き出す手合いが居た。そう言った連中のことを、“乗り手”“機動鎧使い”などと呼んだ。 つまりライエルは、その“機動鎧使い”なのだった。

 その才能からライエルは、七海殺戮海賊団の機動鎧乗りをまとめるリーダー担っているのだった。

「しかし兄さん。本当に騎士団の連中は襲ってこないでしょうか。兄さんの“刀翼”なら兎も角、私達の機体では逃げ切る事も出来ませんぞ。無論、腕もありますが。」

 不安げな部下の言葉に、ライエルはへにゃっと、崩れるような笑顔を作った。 イメージを機動鎧に伝達するためのヘッドギアを付けている物の、フルフェイスで無い為、表情は分かりやすかった。コックピット事態は狭く、全身を仰向けの状態で完全固定するタイプで、一見高速具のようにも見えた。

「心配しなくても大丈夫だよ。シャムリース君も言ってたでしょう? すぐに賞金首さん見つけて捕まってもらって、すぐに逃げちゃえば。 皆だって、高速セッティングで来てるんだしね。」

「それはそうなのですが・・・。」

「を・・・。なんじゃこりゃ。」

 納得いかなそうな部下の声をさえぎり、他の部下が声を上げた。

「高エネルギー反応。市街地から。ドデカイ喧嘩だぞ。それと、首を視認。見つけましたぜ、兄さん!」

「うん。やったね。さっそく、捕まってもらいに行こうか。全員、ぼくに付いて来てね。」

『おう!!』

 威勢の良い掛け声を合図に、町中を飛び回っていた七海殺戮海賊団の機動鎧が集まり始める。

「他の賞金首の人たちと喧嘩に成らなければいいんだどけどね。」

 心底そう思っているように言いながら、ライエルは意識を愛機“刀翼”に沈めた。完全にシンクロすると、機体自体が自分の身体に成ったような感覚に成る。頭、視界、足。それら全てが、自分の物として感じられるようになるのだ。

「じゃあ、行こうか!」

 張り切ったように声を弾ませながら、ライエルは機体を発進させた。 目指すは賞金首の要る、市街地である。 ちなみにこのときライエルは、部下から報告があった高エネルギー反応の事などすっかり忘れていた。 忘れていたのだから、「もしかしたら戦闘によって検知されたエネルギーかもしれない」と言う考えには当然至らず・・・「戦闘しているのは賞金稼ぎで、鉢合わせになったら戦闘になるかも」などとは小指の先ほども考えていなかった。 基本的におき楽な性格なライエルであった。