博士の風変わりな研究と飯のタネ(28)

「まいったっすねぇ〜。俺、隊長と違ってデスクワーク派なの、テトさんだってしってるじゃないっすか〜。 喧嘩なら他の人としたほうが楽しいっすよ〜?」

 引き攣った笑いを浮かべながら、マービットは背面の壁にぴったりと張り付いた。一言で言えば、逃げる気満々の体勢だ。

 その数メートル手前の空中に、“白炎狼”テト・ウルフは仁王立ちしていた。勿論足元に、足場になるようなものは何も無い。 テトの足元は淡く白色の光を放っていた。魔法陣が発動している時独特の光である。靴に空間固定の魔法陣を書き込むことで、何も無い空間を踏みしめる事を可能にしているのだ。 こう言った装備は、空を飛ぶことが出来ない騎士や、フライト系の魔法を使うより自分の足を使った方が機動力があると思っている魔術師などが良く使っている。消して珍しいものではないのだった。

「だーかーらー。ふざけんなっつってンだろダボがぁ!! ガルシャラが言ったから仕方なくテメーの相手しに来たんだぞ!! ほんとだったら今ハウザーとやってるのは俺だったんだ! あの超鋼鉄バカを分子レベルで分解するまで消し炭にしてやるつもりだったっつーのによぉぉ!!」

 ギリギリと歯軋りをして悔しがるテト。地面も無いのに地団駄を踏むという小器用な事をしながら、全身から怒りの炎を噴出させていた。 ちなみに、この怒りの炎と言うのは、比喩表現でもなんでもない。実際に炎を全身から吹いているのだ。

 テトが扱う魔法で使われる魔力は、生命エネルギーとも言えるものであった。そのエネルギー量は、感情や体調に直結しており、感情が高ぶれば高ぶるほど、体調が万全なら万全なほど大きく、濃く、強くなる。 故に、超が付く健康優良児且つ、切れたらとめどないテトの魔力は、底なしで極濃。そしてそれを操る術者であるテト本人は、幾千幾万の実戦と、常軌を逸した訓練を積んで来た魔術のエリートである。普通の同系列の術者ならば、逆立ちしても不可能な、“考えただけでの魔術の発動”が可能なのだった。 テトが扱う魔術において、魔力とは此方の世界で言う所の電気に等しい。そこから冷気、熱など別のエネルギーを作ろうとすれば、それなりの装置成り何なりを通さなければならない。それが呪文であり、魔方陣なのだ。 魔力と言うエネルギーを、直接別のエネルギーに変換出来る。それこそがテトの術者としてのスペックであり、武器だった。

 怒りで魔力を燃やしながら、テトは思い切り振りかぶってマービットを指刺した。

「大体な! どんだけ付き合ってると思ってんだぁ?! どこの誰がデスクワーク派だってんだ!! ああ?! こんなマネし腐ってよぉ!!」

 テトの言葉に、壁に張り付いてたマービットは力が抜けたような苦笑を浮かべた。

「あぁ〜。やっぱり気付かれるっすよねぇ〜。」

 こんなマネ。見た目ではわからないが、マービットはテトに攻撃を加えていたのだった。極細で強靭な糸を、風に乗せてテトの身体の周りに囲わせていたのだ。 後は手を軽く捻れば、単分子カッター宜しく、テトはナマス切りになるはずだった。が・・・。

「ヤッパこの糸、熱に弱すぎっすかねぇ〜。」

 あはははは。と、苦笑しながら、頭を掻くマービット。 マービットが張っていた糸は、熱に弱く、高温に晒されるとすぐに焼け落ちてしまうのだ。かと言って、マッチやらライターの熱で焼けるほど脆くも無い。少なくとも800度以上の高熱でなければ、ビクともしないだろう。

「炎を纏ったのは防御のためっすね・・・?」

 マービットの問いに、口端を吊り上げるテト。

 実は、最初に声を聞いていた段階で、マービットは糸の散布を開始していた。テトの周囲を完全に囲み、今切り刻まんとした瞬間に、テトは炎を纏ったのだった。

「防御? ざけんなボケ。こんなもん攻撃じゃねー。だから防御の必要もねー。ただのお遊びだってんだよ。 大体、これからだろ? ほんとに面白いのはよぉ?」

 先ほどまで不機嫌の絶頂のような顔をしていたテトだったが、今はもう楽しそうに不敵な笑顔を作っていた。肉食の獣の様な、攻撃的な笑みだ。

 そんなテトの顔に、マービットは苦笑しながら、諦めたように溜息を付いた。

「俺もまだ死にたくないっすし。倒せないまでもそれなりに足止めせにゃ、隊長に怒られるっす。」

 こきこきと首を鳴らすマービット。表情はいつものへらへらしたものだった。が、目だけは、妙に剣呑な色に成っていた。

 その目を見てテトは、“もう楽しくて堪らない”とでも言うように、口端を吊り上げた。 突きつけていた指を握りこむと、グッっと、大きく仰け反るように拳を後ろに振りかぶった。さらに、反対側の手を前に突き出し、照準装置で有るかのように、その手のひらをマービットに向ける。 そして、ユックリと深く、腰を落とす。拳で居合い抜きでもするようなその体勢は、テト独特の構えだった。

 一方のマービットは、特に構えるわけでもなく、両手をだらりと下に垂らしたまま、自然体で突っ立っていた。別に、本当にただ突っ立って居る訳では、勿論無い。

「行くぞゴラ!!」 テトがそう叫び、殴りかかろうと、前に重心を動かした、その瞬間だった。

 突然、ビルの間を縫うように。テトとマービットの頭上を掠めるように、十数機の機動鎧が飛び去っていったのは。