ハウザー&マービット マービットの過去なのよ 「アリシアの場合」

 アリシアは何時ものように遊びの広間の端。誰の目にも付かない場所に腰を掛けると、そこでやっと緊張の糸が切れたように溜息を吐き出した。

 個室は二人一部屋で、かえって落ち着く事が出来なかった。 例え一人でくつろいでいたとしても、同居人が帰って来たドアの音で、パニックに陥りそうになるのだ。 逆に同居人が長時間帰ってこなかったとしても。訓練の最中に死んでしまったのではないかと、気が狂いそうになるのだった。

 アリシアにとってこの訓練施設での生活は、もはや正気を保っていられるものではなかった。

 今までいた訓練施設でも、次から次に周りの子供達は死んでいった。 食事に混ぜられた慣らし用のクスリで。 戦闘訓練中に事故で。

 一人。また一人死ぬたび、アリシアや他の子供達は、悲しげに目を背けたり、泣きじゃくったり。当たり前の反応を見せた。 訓練官には感情を殺せと言われたが、まだ幼いアリシア達にとって友達とはかけがえの無いものである。 まして、このような特殊な条件下を共に生きて来た仲間で有れば、直の事だ。

 しかし。“この訓練施設の子供達”は違った。 あるモノは別に興味が無さそうに。あるモノはお腹を抱えて笑いながら。あるモノは困ったような悲しいような嬉しそうな、感情の捉え難い表情を浮かべて。あるモノはクスクスと可笑しさを噛み殺す様に笑いながら。 反応に違いは有るものの。その裏側にあるのは、同じ。 ああ。アイツ死んだんだ。 それだけである。そう。それだけなのだ。

 普通の人間が見れば、それはそれぞれの表情が物語る感情しか汲み取る事しか出来ないだろう。 顔に浮かぶ色それほどの鮮明で鮮烈で、しっかりとした輪郭を持った確固たるものに見える。 しかし。子供の観察力と言うのは侮りがたいものだ。特に、彼等のように死と隣りあわせで、いつもビクビクと周りを警戒している子供たちの洞察力は。

 別に感想なんて無い。感情も無い。 死んだと言う事象を確認するだけ。

 後から施設に来た子供たちにとって、その死への関心の無さはそれそのモノが恐怖の対象だった。なにせ他ならぬ、“自分達が目指すアサシン達の感覚”がそれなのだから。