博士の風変わりな研究と飯のタネ(22)

 高速戦闘。 それも音速で戦うために製作されたハウザーの“アシュラ・8”の装甲は、通常の革鞭などでは幾ら叩いた所で傷一つ付かない強度と防御力を誇ってる。 しかし、ガルシャラの手にしている鞭に対しての場合は、話が別だった。

 十数メートル離れた距離でありながらも、ガルシャラはかまわず鞭を振るった。 力が加わる事で、“直径が狭まり、全長が伸びる”と言う特殊な編まれ方をした鞭は、まるで蛇の威嚇音の様な音を立て、ハウザーの背に向かっていく。

 舗装された地面を削り、ようやく停止したハウザーは、自分の背に向かってくる鞭に槍先を向ける。 振り返る時間も有らばこそ。槍に添付された魔法を展開させた。 槍の表面が蒼くスパークすると、低い羽音のような振動音を上げてその表面に複雑な模様が浮かび上がった。 銀一色の槍の表面を、滑るように蠢きながら複雑な文様が動く。 その模様が浮かび上がると同時に、槍の先の空間がレンズを通したように歪む。その歪みが形成されるのと、同じ場所に鞭が到達するのはほぼ同時だった。

 円のような形状の歪みに鞭が触れる。その瞬間、何かが爆ぜるような音と共に鞭が弾き返される。 空間を急速に膨張させ、何かが触れた瞬間爆発。リアクティブアーマーのように衝撃を殺す。それが槍に添付された、防御魔法の一つだった。

 魔法が鞭を弾き返すのを確認する間も無く、ハウザーは体をガルシャラの方に向ける。だが、視線の先に人影は無かった。 ガルシャラは上に居る。ハウザーがそう判断するのと、反射的にブースターを吹かしたのは同時だった。

 ガルシャラは鞭を振るった直後。上空に跳躍していた。 高さにして4メートル強。距離にして十メートル弱。 その上昇中に鞭は弾かれ、ハウザーは後ろに振り返った。ガルシャラがさっきまで居た場所にハウザーの視線が行く前に、ガルシャラの手元に鞭のコントロールが戻る。刹那、ガルシャラは鞭を持った腕を素早く振り回した。 まるで規則性も無く、むやみやたらに振り回しているだけのように見える。が。実際にそうであるはずが無かった。 何度も力が加わる事で数倍にその全長を伸ばした鞭は、まるで網のように隙間無く空中を蹂躙する。そして、その立体的で広範囲をカバーするようにのた打ち回った形状のまま、ハウザーの頭上に殺到したのだ。

 野生の感。とでも称すべき直感でコレを回避したハウザー。 数秒前まで自分が居た場所が、まるで大蛇がのた打ち回るかのような鞭に引き裂かれる様を見ながら、手にした槍の尻をあわせ、はめ合わせる。 本来二本一体である槍だが、必要に応じて合体させる事が可能だった。最高速での突撃の時や、攻撃のみに集中したい時、片手を開けておきたい時などの機能である。

 鞭が縮む時の速度と振られる速度が合わさり、ガルシャラ自身で合っても一度振りぬいた鞭の制御は難しかった。 地面を一瞬にして蹂躙した鞭のコントロールが再びガルシャラに戻ったのは、着地した時だった。

 ガルシャラが地面に接地し、衝撃を殺すために体を沈ませる一瞬の隙にを見計らい、ハウザーは再びブースターを点火する。

 このまま鞭を持ったままでは、回避するのは不可能だ。 ガルシャラはそう判断すると、すぐさま鞭から手を離し、沈んだ体を戻す勢いを利用して跳んだ。

 身を捻り、槍をギリギリの位置で回避する。 さほど距離が離れた居なかった事と、ハウザーの位置から突こうとすると地面に向かって槍を向けなければ無かった事が幸いしたのか。突撃速度はさほど速いものではなかった。

 槍を回避されながらも、ハウザーは口の先を吊り上げた。上空に回避させさえすれば、この位置からでなら踏ん張りが利く分ハウザーに有利。 地面に先が刺さったままの槍を小脇に抱え、腕力で無理矢理に上に振りぬく。超振動がはじまるよりも早いその一閃は、的確にガルシャラを捉える。

 空中で身を捻ったガルシャラは、槍をかわしながらも腰に固定していた二本の短刀を引き抜いていた。それをクロスさせ槍の一閃を防げたのは、ガルシャラがハウザーと言う男の常識外れの筋力を良く心得ていたからだろう。

 いなすように槍での打撃を横に流そうとするガルシャラだったが、ハウザーの筋力はその技量を凌駕していた。 いなし切れなかった力が、ガルシャラの巨体をまるで独楽のように回転させ、上空に跳ね上げた。 止めを刺そうと上空に槍を向けたハウザーだったが、そのとき起動させる事になった槍の機能は破壊のためのものではなく、防御のためのそれだった。

 上空に跳ね上げられたガルシャラはすぐさま短刀を放すと、腰に刺した身長ほども有る大剣の柄に手を添え、引き抜いた。横方向への回転と振りぬく速度をを乗せて、的確にハウザーに向かって振り抜く。 並みの動体視力と筋力で出来る芸当では無い。

 衝撃緩和魔法陣が銀色の槍を蒼く滑る。その横っ腹を、真っ黒な大剣が叩き、金属音を響かせる。

 打ちつけた衝撃でガルシャラの体が横に飛ばされ、ハウザーの体をよろめかせる。

 宙で身を捻り、まるで軽業師のような身軽さで着地するガルシャラ。いつの間にか手にしていた鞭軽く引き、地面にめり込んでいた部分を手元に戻すと、手首を捻って円状の束にして腰のホルスターに収納する。 空中に放り投げていた短剣は、まるで狙い定めたかのようにガルシャラの目の前に落ちてきた。それもキャッチする直前に、大剣も収納。短刀を逆手に気軽そうにキャッチすると、ハウザーの方に目を向けた。

「腕は落ちて無いみたいだな。 団長なんだから実戦場からは離れてたんじゃないのか?」

「ふざけろボケが。」

 軽口を聞くガルシャラに、ハウザーは舌打ちを一つ。

「テメーのシマはテメーで守るのが騎士だ。」

 そう言ったハウザーを、ガルシャラは心底楽しそうな顔で眺めると、手にした短刀をくるくると手の中で回す。

「そう簡単に蹴り付きそうにも無いな?」

「時間稼ぎか?」

「かも知れんな。って、言いたい所だが。お前相手に時間稼ぎ出来るともあんまし思えないな。 アンタ実際化け物だし。」

 気軽そうに言いながらも、ガルシャラの表情が真剣なものに変わる。 それと呼応するように、ハウザーも槍を構えな直した。