ハウザー&マービット ハウザーの過去なのよ

 ハウザーにも、人並みに幼少期と言うものがあったりした。まだ幼かったハウザー少年は、同じくらいの歳の貴族や騎士の子供たちとはウマが合わない・・・と言うか、価値観が全く違う上に。「お高く留まった態度が気に入らない」と言う理由から、ハウザーが子供たちをボッコボコにしてしまうため、あまり遊ばなかった。 ハウザーの玩具・・・もとい、遊び相手は、大抵の場合彼の父が持つ領地にすむ、農民の子供たちだった。

 ハウザー。六歳の。

 当時。既に年上のガキ大将やらを拳でねじ伏せ屈服させ、複数のグループの頂点に君臨していたハウザーは、昆虫採集に熱中していた。

 カブト虫、トンボ、蝶、ジャイアントブル、かまきり、グリズリー、ゴブリン。様々な昆虫を採取しては、他の子供たちの取った無視と戦わせたり、サイズを競ったりして楽しんでいた。 ちなみに、ジャイアントブルとはハウザーが暮らしていた地域に生息する、野生の牛の一種である。非常に巨大、かつ獰猛で、体当りで木をへし折る事もあった。グリズリーとは、これまた大きなクマの事である。ゴブリンは、凶暴な亜人の一種で、ハウザーの暮らしている地域のものは、特に知能レベルが低く、凶暴な猿といった感じだった。 勿論、ジャイアントブルもグリズリーもゴブリンも、昆虫ではない。 だが。ハウザーは気にしなかった。当時のハウザーにとって、人間以外の動くもの全てが、採集の対象になりえたのである。

 農民の子供たちはそんなハウザーに恐れを通り越し、ある種尊敬の眼差しを向けていたのだった。 そんな、ある日の事である。

 

 

「・・・考えてみたら、俺一度もカブト虫ってとったことねーぞ・・・?」

 仲間達と薪を囲みながら、ハウザーはまるで心理にたどり着いたような顔でそう呟いた。 そう。ハウザーはジャイアントブルやグリズリーは取れても、まともに“昆虫”を採集したことが、一度も無かったのだ。

「そうだよ。俺カブト虫とったことねーよ。 ゴブリンとってる場合じゃねーよなぁ。カブト虫の方がカッコイイしよぉ。」

 ぐったりと動かなくなっているゴブリンが小山のように積まれている様を眺めながら、ハウザーはうんうんと頷く。ちなみに、ゴブリンたちはちゃんと生きていたりした。父親からの言いつけで、昆虫は捕まえた後、逃がす事にしているからだ。キャッチ&リリースである。

「な、なにいってるんですかハウザーさん。ゴブリンの方がつよいじゃありません!」

 一人の少年が、引き攣った笑顔でハウザーに言った。体格も身長も、どうみてもハウザーより年上・・・8歳といった所だろうか。しかし、さん付けであった。この場には少年少女が20ほど居たが、ハウザーを呼び捨てにするものは誰ひとり居なかった。別に強制しているわけではないのだが、何故かみんなハウザーの昆虫採集の姿をみると、さん付けになるのだった。

「強い弱いはかんけーねーんだよボケ!! かっこいいかカッコよくないかの話だろうが!!」

「ひ、ひぃぃ!! す、すいません!!」

 ビビって腰砕けになる少年を無視して、ハウザーは特性の虫取り網を握りしめた。金属製の物干し竿に、ドラム缶を輪切りにした物を取り付け、工場からかっぱらってきた金属ワイヤーで作った網を取り付けたものである。

「決めた!! 俺は今からカブト虫だけを取りに山に入る!! カブト虫が取れるまで、水も飲まねーし飯も喰わねー!! 山からも下りねーぞコラ!!」

 威嚇するように山を睨みつけるハウザーに、周りの子供たちもそれぞれの得物を手に立ち上がった。だが・・・。

「お前たちは残れ。」

 後ろも見ずに言ったハウザーの一言に、少年たちは凍りついた。

「は、ハウザーさん? 何言ってるんですか!」

「そうですよ! 山に行くなら、人数は多いほうが良いですって!」

「大勢の方が早く見つかりますし!」

「俺たち、足手まといにはなりませんぜ!」

 ハウザーを気遣う声に、しかしハウザーは首を横に振る。

「カブト虫は強敵だ・・・。考えてみたら、俺は今まで何度となく見かけはしたものの、追ってる最中で逃がしちまってる。 恐らく、ゴブリンより狡猾で、ジャイアントブルよりも早く、グリズリーより力強い昆虫なのだろう・・・。」

 いねーよそんな昆虫。つか、カブト虫じゃねーよ。 と、誰もが心の中で思った。しかし、誰もそれを口にしなかった。ハウザーがアホなのは、全員百も承知だったのだ。

「敵は強力・・・だからこそ、俺は一人で行く。 それを取った時、騎士にまた一歩近づける気がするからだ。 兜って言うくらいだしな!」

 やばい・・・。 妙に気合いの入ったハウザーの姿に、少年たちは冷や汗を流した。別にハウザーを心配しているわけではなかった。いや、勿論心配はしているのだが、こうなったときのハウザーは機動鎧でも持ってこないと倒せないことを良く知っているから、特に気にする必要は無いことを良く知っていたのだ。 この場合心配なのは・・・ハウザーが入っていく山の方なのであった。

 硬直する少年たち。その目の前に、唐突に一匹のカブト虫が飛び出してきた。 餌を求めて飛んできたのか、フラフラと森の木々を縫い、少し広くなったハウザーたちの居る場所に寄ってきたのだ。

 突然の敵手の出現に、ハウザーは表情を険しくした。まるで親の敵でも見るかのような表情を作ると、裂帛の気合いと共に網を振るう。

「くらぇぇぇえ!!!」

 ブオン!!! と、まるで大木でも振るうかの様な音を上げて、網が旋回する。が、すんでの所でフラフラと舞い上がったカブト虫は、するりと網を避けてしまった。 勢い余った網は近くの木にめり込むと、メシメシと音を立てて幹の半分ほどにまで食い込んでしまった。

「ち・・・!まだまだぁ!!」

 力任せに網を木から引き離すと、ハウザーは再度、渾身の力を込めて網を振るう。が、今度は地面すれすれに急降下したカブト虫を追いきれず、ざっくりと地面を抉る結果に終る。

「う、動きが追いきれねぇ・・・!」

 愕然とするハウザーを余所に、カブト虫はハウザーに背を向け、ぶ〜んと森の中に逃げて行ってしまった。 網を地面から引き抜いていたハウザーは、その隙に自分から少し離れてしまったカブト虫を見失っていたりした。 ちなみに、距離はまだ4mも離れていない。

「ど、どこ行きやがったあのカブト虫!! くっそ! ゼッテー見つけてやる!!」

 悔しそうに唸るハウザー。 そして、きょろきょろとあたりを見回すと、カブト虫とは正反対の方に向かって、全力疾走で走り始めた。

 そんなハウザーを、全くリアクションが取れないまま見送った少年たちは、がっくりと肩を落とし、溜息を付いた。

「でたよ・・・ハウザーさんの悪い癖・・・。」

「ああ・・・。あの人は、逃げるものには絶対に追いつけないんだよなぁ・・・。」

 そう。ハウザーには妙な所があった。 自分に向かってくるものに対しては、超絶的な力を発揮するのにも拘らず・・・自分から逃れようとするものを追う事に関してはからっきしなのである。 少し前、ハウザーは寝室で寝ていた自分を刺した蚊を叩こうとして、三十分近く格闘。結局、蚊を潰せぬまま、自分のベットをぺしゃんこに叩き潰したりしてた。 他にも、蝶を追ってクマを。クワガタを追ってゴブリンの群れを。バッタを追ってロック鳥をボコボコニしたりしていた。 昆虫を追っている途中で襲ってくるモンスターは悉く撃退するものの、肝心の昆虫、つまり、“自分から逃げようとするもの”には、どうしても手が届かないのであった。

「ま・・・つっても、ハウザーさんのことだ・・・きっと捕まえて、すぐに戻ってくるさ。」

「そうだよなぁ。 今までが異常だっただけだよなぁ。あの人、無茶苦茶運動神経良いんだし。」

「町に戻って、食い物の用意でもしときますか。」

 少年たちはそう決めると、火の始末をして町に戻る事にした。何だかんだ言って、少年たちはハウザーの事を信じたのである。だが・・・。

 ハウザーは一週間後。空腹と乾きで地面に転がっている所を、父の“ハウロス・ブラックマン”によって発見されるのであった。 そのときハウザーの周りには、まるで小山のようにモンスターたちが積み上げられていたという。そして、救出された時ハウザーは一言。

「か。カブト虫・・・カブト虫はどこだ・・・。」

 と、呟いたという。 そう。このとき、彼はまだ、カブト虫を捕まえていなかったのである・・・。