土煙のなか大見得を切ったハウザーに反されたのは、残りの機動鎧全機によるマシンガンの一斉掃射だった。
「はぁ!! 豆鉄砲幾ら撃ったって効きゃしねぇ!!」
ちなみに。直径一センチ以上の弾丸を豆鉄砲とは言わないので、あしからず。 しかし、ハウザーにとって“直径一センチ。音速を超えて迫る弾丸”は、確かに“豆鉄砲”にも等しかった。
両手に持った一対二本の槍をくるりと指先で回すと、体を後ろにそらし・・・まるで削岩機にような刺突を繰り出した。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオララララララァァァァァァ!!!」
あまりの突きの激しさに、腕が霞んで見える嵐のような突き。 だがその一突き一突きが、まるで吸い込まれるように正確に飛来する弾丸を貫き落とす。 片手で1.8mにもなる鉄の塊を振り回すその腕力もさることながら、一発一発の弾丸を見切るその動体視力は、もはや人間の域を越えていると言っていいだろう。
完全に人間の規範を逸脱したその動きは、何も彼が身にまとう甲冑によるものだけではない。ハウザー自身が、既に人間の限界域を超越しているのだ。
そんなハウザーの様子眺めながら、パチパチと手を叩く少年が居た。 眼鏡を掛け、頭に猫耳のカチューシャをセットした少年。Dr・フェネクスである。
「ふむ。まさに“超越者”だと思うのだがね! 人にして人の規範を超えた男を前に、人類の業がどこまで通用するのか! ああ、心が踊るのだがね!」
ハウザーがそんな人外な力を発揮している様子を、Dr・フェネクスはモニター越しに実に楽しそうな笑顔で眺めていた。 機動鎧のカメラが、ライブの映像をDr・フェネクスに届けてくれているのだ。
「だが、これでは埒が明かないと思うのだがね! ここは捨て駒覚悟で、接近戦に持ち込もむべきだと思うわけなのだがね・・・。 勝率が・・・否!!」
Dr・フェネクスはまるで自分を鼓舞するように声をあげると、力強くコントローラーを叩いた。 その表情は実に楽しげで、まるで新しいイタズラを思いついた子供のように輝いている。
「男と男の勝負に駆け引きなど不要! 真正面からぶつかって行く事こそ冒険者の誉れ! 見事玉砕して見せようと思うのだがね!!」
無論、実際にぶつかって行くのは、操縦しているDr・フェネクスではなく、“操縦されている機動鎧の中に入っている人たち”である。 勿論、中の人たちは必死になって止めてくれるようDr・フェネクスに御願いしているのだったが・・・マイクを切られているため、情けない映像がモニターに映し出されるだけであった。哀れとしか言い様が無い。
Dr・フェネクスの入力が終ると同時に、機動鎧が動き出す。 左右に半数ずつ分かれると、それぞれ背中にマウントしていた戦斧を構えた。 一連の流れるような動きで行われたその動作は、そのまま攻撃にも繋がっていた。 前のめりに倒れるような挙動で斧を引き抜き振り上げた一機が、一直線にハウザーに斧を振り下ろす。20m以上離れたその間合いをたったの一歩で詰めるその動きは、まるで円熟した戦士の業だった。実際それは戦闘技術の一つで、重たい得物をを扱うための技術の一つだったが、並みの機動鎧乗りでは出来ない動きだ。Dr・フェネクスが無理矢理コマンドを入力して取らせた動きである。
戦斧の質量と、機動鎧自体の突進力。 その二つが合わさり、機動鎧の加速は凄まじい物になる。一瞬にしてつく加速は、実に三百キロを超えていた。。 しかし・・・。
「シャラクセェ!!!」
せせら笑うように口の端を持ち上げると、ハウザーは頭上で槍をクロスさせた。直後、その真上に機動鎧の戦斧が叩き込まれる。
ゴォォン!!!
まるで鉄槐を棍棒で殴りつけたかのような鈍音が響き、再び土煙が上がる。機動鎧の総重量+戦闘斧の重量+加速度の一撃である。 まともに喰らえば、例えば高層ビルとてへし折れる破壊力が篭った一撃だ。 まともな人間が喰らえば、肉片一つ残らないであろう攻撃である。
「そんななマクラじゃあ、木も切れねぇぞゴラァ!!」
土煙の中から、腹に響くような声が上がる。 それと同時に、ギィィィィィン!!! と言う、とてつもなく激しい振動音が響き渡った。 そして、その音源を中心に円心状に蜘蛛が晴れる。 そこに見えたのは。交差させた槍でガッチリと戦斧を受け止めたハウザーの姿だった。
足元の地面はひび割れ、くぼみ、まるでクレーターのようになっていながらも、ハウザー自信の鎧には傷一つ付いていなかった。 それどころか、窪み、悲鳴を上げているのは、機動鎧の戦斧の方であった。
己の丈と質量を軽く上回る巨大な斧を受け止めた槍は、細かく振動し、キィィィンと言う甲高い音を上げていた。戦斧に打ち据えられて震えているのではない。超振動粉砕の機能が発揮されたのだ。それが証拠に、戦斧にはビシビシと亀裂が入り始め、ギギギィィィと言う、嫌な金属音を立て始めていた。
「うおぉぉぉらぁ!!!」
怒号とも気合いとも取れる声を上げ、ハウザーは両手に込める力を増した。 槍をまるで鋏のように使い、戦斧を締め上げる。それに呼応するように、槍がさらに激しく振動を始め、まるで超音波のような高音が鳴り響く。すると・・・。
ジャァァァァァアアア!!!
金属製の斧が、まるでアメ細工のようにぐにゃぐにゃとゆがみ、一気に引きちぎれタではないか! 普通の剣や鉄パイプならいざ知らず、鋼鉄の塊である戦斧を引きちぎるその破壊力。それはまさに、“人一人には余りある破壊力”と言えるだろう。
斧を破壊したのと同時に、ハウザーは機動鎧の懐に踏み込んだ。文字通り懐、腹部のまん前に飛び上がると、そのまま槍を横一閃に凪ぐ。すると、機動鎧の装甲は、まるで豆腐のように粉砕される。 通常機動鎧の装甲は、複数の魔法と、多重装甲版で守られている。それをまるで当たり前のように、破壊したのだ。 その様子に、他の機動鎧達はすぐさま迅速な対応を見せる。 引き抜いた斧を振り上げると、味方の機動鎧ごと切り裂こうと、ハウザーに殺到したのだ。味方に取り付いてい居る間に、諸とも叩き潰そうと言う魂胆である。 無論、通常の兵士は絶対に取らない行動である。 ゲーム感覚で操縦しているDr・フェネクスだからこその、コマンドといえるだろう。
が、そう易々と捕まるハウザーではなかった。 背中のブースターを上空に向かって吹かすと、突っ込むように着地。地面にめり込むような加速のせいか、足元の道路面を吹き飛ばしながらも、さも当然といった様子で立ち上がる。 近くに居た機動鎧の足元に踏み込むと、斧を振り上げがら空きになった機動鎧の脚部を、これまた槍の一閃で破壊。あっという間に、二機を破壊してしまう。
脚を破壊されよろめく味方機動鎧を避けようと、他の機動鎧の動きが止まる。密集した状態では、全ての機体を巻き込んで倒れてしまいかねないからだ。通常の生物とは異なり金属や粘土製である機動鎧にとって、仲間を巻き込んでの将棋倒しの転倒は、起動不全のげいいんにもなりかねない、避けるべき事態なのである。 そんな機動鎧の回避運動に、ハウザーはすぐさま反応した。背中と脚のブースターを吹かすと、一気に上昇。動きの鈍っていた一体の機動鎧の顔面を貫くと、そのまま後ろに回り込む。背中のバックパックに槍を突きたて急制動をかけ体を空中にとどめると、叩き落とすように機動鎧の両肩を吹き飛ばした。強力な、槍の一撃である。
「よえぇ!! 手応えがねぇ!! こんなもんで俺がどうにかなると思ってんのかボケが!!」
地面に降り立ちながら、ハウザーは鎧越しにもわかる不満気な声をあげた。 自分より遥かに巨大な相手を、一瞬にして叩き伏せながら、ハウザーは全く疲れた様子を見せていなかった。 それどころか恐れすら見せずに、寧ろ、それが当たり前だとでも言うように機動鎧を破壊していた。
機動鎧は、本来それ一機で数十人の歩兵に相当する戦力があるとされている。それはハウザーのように、“パワードスーツを着た、完全装備の歩兵数十人分”と言う意味でだ。
「その機動鎧がまるで玩具のように破壊されていく・・・! この私の操縦技術を持ってしても、まるで児戯に等しいね! 素晴らしい! 素晴らしすぎると思うのだがね! コレが“白銀の重戦車”ハウザー・ブラックマンが、化け物と呼ばれる所以だね!!」
はぁはぁと、軽く頬を上気させ息を荒くするDr・フェネクス。 ちなみに、機動鎧の仲の人たちは既に全員気絶していた。ご愁傷様です。
「さぁ! ハウザー! ここからがさらなるお楽しみになると思うのだがね!!」
「Dr。」
Dr・フェネクスがリモコンを握る手に力を込めたその瞬間。突然、画面上に執事の姿が現れる。 Dr・フェネクスの持つメインコンピュータ。“執事”である。
「なにかね?」
楽しみを邪魔されたのにも拘らず、Dr・フェネクスは特に不満そうな顔もせずに尋ねる。執事が意味も無く自分の楽しみを邪魔しない事を、良くわかっていたからだ。
「ガルシャラ・カーマイン様。テト・ウルフ様。 ハウザー・ブラックマン様との接触まで、およそ後一分です。」
「おおお!!! ガルシャラVSハウザー!!! 好カードだと思うのだがね!!」
ニヤリ。そんな音がしそうなほどのニヤリとした表情を見せると、Dr・フェネクスは機動鎧たちに退避命令を下した。
一方。モニター越しに自分を見つめる人物がそんな事を話していることを全く知らないハウザーは、撤退していく機動鎧の様子に表情を曇らせていた。
「逃げるか・・・? 根性無しが。」
来る物は叩きのめして、去るものは追わない。 その主義通り、不満気では有るものの、ハウザーは構えを解き、槍を下ろした。 若干暴れたりなさそうに見えるのは、気のせいでは無いだろう。そのときだった。
「前座は終わりってことだな〜。 しかしDrの野郎、派手にやりやがって・・・。」
ハウザーが背中を向けていたビルの影から、若い男の声が聞えてきた。聞き覚えのある声に振り返るハウザーの目に飛び込んできたのは、黒髪サングラスに黒Tシャツと言う黒尽くめの男と・・・。
「なんだあの機動鎧。つか、俺もあれと戦いたかったってか戦わせろ!! 鳥! テメー見てんなら俺襲え!!」
やたらと口と目付きの悪い、白髪白コートの青年であった。
「ガルシャラ・カーマインに、テト・ウルフ・・・? テメーらここで何してやがる!!」
「町全体の雰囲気見たら解るだろ? 賞金首追ってんだよ。ま、今回は柄にも無く共同戦線張っててな。俺達は邪魔者排除役。 で、Drに言われてここに着てみれば? Drの玩具と遣り合ってるアンタにかち合ったってわけだ・・・。」
大げさに溜息を吐きながら、芝居がかった仕草で肩を竦めるガルシャラ。そんな姿に、ハウザーはフン、と、鼻を鳴らす。
「やけに喋るじゃネーかこのボケが。」
「理由を知らないで戦うのは気持ち悪いだろうと思ってね。 俺もあんまし難しいの、苦手なんだわ。コレで解決するのが一番! なにせ、そうしたくて冒険屋になったようなもんですから?」
おどけるように笑いながら、ガルシャラは背中の大剣を引き抜いた。 刃渡り1.6mを越え、50cmを越える柄と言う、変わった形の剣を片手で扱いながら、ガルシャラはチャキリとサングラスを上げた。
その様子に、ハウザーはニヤリと口元を歪める。
「OK〜OK〜。 シンプルで良いじゃねーか。 俺がテメーラボコにしたら、その“共同戦線”張ってる連中の居場所を吐く。」
「俺が勝ったら、アンタは帰る。 ・・・って、随分フェアじゃ無いなぁ。考えてみると。」
「ちょっとまて!! なんでガルシャラが戦う事になってんだよ!! 俺だろ?! 俺がやる!!」
ボキボキと拳を鳴らしながらズンズンをハウザーに向かっていくテト。が、慌てたようすのガルシャラに、簡単に首根っこを掴み上げられる。 二人の身長差は、優に50cm以上あったりした。
「なんだよ!! 掴み上げるな!!」
「はいはいはいはい。 お前はあっちだ、テト。 あのボヘラッとした副団長殿。探し出して潰しといてくれ。後々面倒だしな。」
「・・・わぁったよ。アイツでもそこそこは楽しめんだろ・・・。」
渋々頷くテトを開放するガルシャラ。 離すと同時に、テトの体一気に“燃え上がる”。揶揄ではなく、本当に燃え上がったのだ。そして、体に纏った炎が脚に収束すると、まるでロケット噴射で進むような勢いでビル郡の中に消えていった。 炎を使った魔術の一つである。
すっ飛んでいく相棒に手を振りながら、ガルシャラはポケットをまさぐった。 そして、ビールの王冠を取り出すと、ハウザーにかざして見せた。
「コイツが地面に付いたら合図。ってんでどうよ?」
「こう言うときはコインってのが相場じゃねーのか?」
「ぶっぶ〜。 今文無しでな。だから賞金首追ってるんだよ。」
「共同戦線なんて分け前の減ることしてると思ったら・・・ジャリ銭でもいいから欲しいってわけだ。 生活かかってんじゃねーか。」
「そ。だから、マジで行くぜ?」
「こっちもな。」
ガルシャラとハウザーは、互いにニヤリと笑った。 そして・・・。
ガルシャラの指が王冠を、下に向かって弾いた。