ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

 マービットの姉となる人物が、そうとは知らずマービットに見とれている、同じ頃。遠く離れた山奥にて、一人の男の子と・・・いやさ。漢とドラゴンがにらみ合ってた。

 

「その頃のハウザーさん。」

 

 ドラゴンの子供。 子供とはいえ、その大きさたるや牛をもし凌ぐ物である。 ブレスを吐き、力強く、何より幼さゆえに加減と恐れを知らない。 ある意味では、成竜よりもたちが悪いそれを、少年は真正面から睨みつけ・・・気押していた。

「ぐるるる・・・・。」 低く唸るドラゴンを物ともせず、少年は身じろぎ、瞬きすらせずに、ドラゴンの目を見据えていた。

 少年の名は、ハウザー。 ハウザー・ブラックマン(六歳)。 年齢の割りに身長がありしっかりとした体つきではあるものの、見た目は目つきの悪い普通の少年である。 しかし、彼はそんな見た目とは相反し、普通の少年ではなかった。それはドラゴンと真正面からにらみ合っている事でもお分かりいただけるだろう。

 ハウザーには夢があった。唯一にして最大の夢。 それは、父を越える騎士になることである。

 ハウザーの父は近衛騎士だ。 領地こそ辺境では有るが、飛竜に乗り戦槌を振るうその姿から、“黒衣の聖騎士”とあだ名される議会の発言権も大きい傭兵貴族であった。

 ある日ハウザーは父に尋ねた。「どうしたらつよくなれる。」と。 父は暫く全くの無表情で考え込み、同じく全くの無表情で応えた。「強い敵(とも)を持て。」 空かさず、「だれがつよい?」 と、ハウザーは聞いた。 今度の答えは、間髪入れずに帰ってきた。やはり完璧な無表情で、一言。「ドラゴン。」

 故に、ハウザーは誓った。「いつかどらごんにかつ!」と。

 

 そして、六歳の誕生日を迎えた今。ドラゴンとにらみ合っているわけである。

 ドラゴンは焦っていた。 子供といえど、ドラゴンである。自らが最強の種であることは、本能が知っている。こんなサルの進化系の子供に睨まれる程度、どうと言うことはない。 どうと言うことは無い。はずだった。 だが・・・。

「ぐるる・・・・。」

 動けなかった。何故か、体が全く動かないのだ。 恐怖であろうか。いや。それを感じるには相手はいささか小さすぎる。大体、何故ドラゴンである自分が人間風情に。 そう思いつつも、ドラゴンは動けなかった。 汗が掻けるなら、冷や汗でぐだぐだになるほどの緊張しながら、ドラゴンは今一度目の前の子供を品定めする。

 ガタイは、あの年頃の子供にしてはよいほうだろう。 魔力は感じられない。精霊の籠を受けているわけでも、特別な防具を身に付けている訳でもない。武器といえば、精々何故か持っている物干し竿(竹製)くらいだ。

 そう。恐怖を感じる必要など皆無なのだ。 もし魔法が使えても、強靭な鱗が弾き返す。いや、それ以前に、人間など、攻撃してくる前に殴り飛ばせる。子供の竜で有るゆえに丸のみとは行かないが、それでも前足を人薙ぎすればこの程度の人間、話にすらならず髪のように吹き飛び引きちぎれるだろう。

 そうだ。恐れる事など無い。 必死に自分を鼓舞するドラゴン。 そんな心情を知ってかしらずか、ハウザーは一歩。 ザンッ と、間合いを詰めた。

「・・・!」

 その一歩で、ドラゴンの心からわずかばかり残っていた余裕が消えた。 いや。一歩ではない。余裕を奪い去ったのは、その一歩を踏み出したときの、ハウザーの目だ。

「(なんて目してやがる・・・! まるで敵を睨みつける、古代龍みてぇーな目だ・・・!)」

 また一歩。 ザンッ と、ハウザーは一歩ドラゴンとの間合いを詰めた。 「・・・ぐるる・・・?!」 唸りながらも、完全に気圧されたドラゴンは後ろに一歩下がった。

 一歩。 一歩。 ドラゴンは追い詰められていた。 「(な、なんなんだこのガキは・・・! ど、どうすれば、どうすれば助かる・・・?!)」

 もはやドラゴンに余裕は皆無だった。逃げ出そうにも、背を向ければ叩き切られそうなその気迫に、少しずつ後退することしか出来なくなっていたのだ。 だが、しかし。ハウザーはそれを許さなかった。

 ゆっくりと。本当にゆっくりと。 “槍”の切っ先を、ドラゴンに向け始めたのだ。無論実際は槍などではなく、物干し竿である。 しかしドラゴンには、それは今まで見たどんな恐ろしい殺傷力を持つ武器よりも恐ろしく見えたのだ。

 向けるな。 と、ドラゴンは思う。 下に向けられていた切っ先が、徐々に上がってくる。 向けるな。ドラゴンは後ずさりながら念じる。 切っ先はゆっくりと、ゆっくりと上がってくる。 向けるな・・・! 切っ先がドラゴンの眉間の高さまであげられ、狙いを澄まそうとゆらりと揺れる。

 ブンッ!!  突然、ドラゴンがハウザーを狙い、前足を思い切り振り下ろした。強烈な踏み潰しである。 緊張感に耐え切れ無くなり、攻撃に出たのだ。

 ドンッ!!

 大きな音が響き、土煙が上がる。

 やった! みたか人間風情が! ドラゴンに猿如きが勝てるいわれが・・・!

 ドラゴンがそこまで思った時だった。砂煙が晴れ、ハウザーの姿が見えた。 “物干し竿を構えていない片手で、ドラゴンの前足を止めた”ハウザーの姿が・・・!

「ぎ・・・?!」

 ドラゴンが叫ぼうとした、そのときだった。

「うぉぉぉおおおらあぁっ!!!」

 ズドォォン!!  それはまるで、摩擦熱で竹が爆発したかのような音だった。

 死んだ。ドラゴンですらそう思った。   しかし・・・。

「・・・。」

 硬く目を瞑っていたドラゴンは、ゆっくりと、恐る恐る目を開けた。 と・・・。物干し竿は、眉間すれすれの位置で止まっていたのだ。

「ぐ、る、るぅぅぅ・・・。」

 ドサン。 全身の力が抜けたように、ドラゴンは倒れ付した。 気こそ失っていないが、戦意は完全に消え去っていた。

 そんなドラゴンを見つめ、少年は無言で佇んでいた。

 笑うなら笑え・・・。 完敗。正に完敗である。 人間に、人間の子供にドラゴンか完敗したのである。不甲斐ない。いや、情け無い・・・。

「たてるか?」

 しかし。 ドラゴンに向けられたのは、彼を助け起こそうと伸ばされた手だった。

 頭をかき乱された様な気になり、ドラゴンは弾かれたように頭を上げた。 その目に映ったのは、真っ直ぐ。ただ真っ直ぐ自分を見る少年の目だった。

 誇るでもなく。あざけるでもなく。 ただ、友を気遣う目だったのだ。

 敵わない。  力でも。気持ちでも。  最強の生物であるはずのドラゴンが、たった一人の子供に、本当の意味で負けた瞬間だった。

 

数刻後・・・。

「ど、ドラゴンダァ〜!!」

「ぎゃぁ〜〜!!」

 逃げ惑う民達を、「きょうもげんきそうだ。」と、的外れな事を言いながら眺めるハウザーが目撃される事になる。 ちなみにこのときハウザーは、強敵(とも)であるドラゴンに跨っていたのだった。