ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

 マービットの姉となる人物が、そうとは知らずマービットに見とれている、同じ頃。遠く離れた山奥にて、一人の男の子と・・・いやさ。漢とドラゴンがにらみ合ってた。

 

「その頃のハウザーさん。」

 

 ドラゴンの子供。 子供とはいえ、その大きさたるや牛をもし凌ぐ物である。 ブレスを吐き、力強く、何より幼さゆえに加減と恐れを知らない。 ある意味では、成竜よりもたちが悪いそれを、少年は真正面から睨みつけ・・・気押していた。

「ぐるるる・・・・。」 低く唸るドラゴンを物ともせず、少年は身じろぎ、瞬きすらせずに、ドラゴンの目を見据えていた。

 少年の名は、ハウザー。 ハウザー・ブラックマン(六歳)。 年齢の割りに身長がありしっかりとした体つきではあるものの、見た目は目つきの悪い普通の少年である。 しかし、彼はそんな見た目とは相反し、普通の少年ではなかった。それはドラゴンと真正面からにらみ合っている事でもお分かりいただけるだろう。

 ハウザーには夢があった。唯一にして最大の夢。 それは、父を越える騎士になることである。

 ハウザーの父は近衛騎士だ。 領地こそ辺境では有るが、飛竜に乗り戦槌を振るうその姿から、“黒衣の聖騎士”とあだ名される議会の発言権も大きい傭兵貴族であった。

 ある日ハウザーは父に尋ねた。「どうしたらつよくなれる。」と。 父は暫く全くの無表情で考え込み、同じく全くの無表情で応えた。「強い敵(とも)を持て。」 空かさず、「だれがつよい?」 と、ハウザーは聞いた。 今度の答えは、間髪入れずに帰ってきた。やはり完璧な無表情で、一言。「ドラゴン。」

 故に、ハウザーは誓った。「いつかどらごんにかつ!」と。

 

 そして、六歳の誕生日を迎えた今。ドラゴンとにらみ合っているわけである。

 ドラゴンは焦っていた。 子供といえど、ドラゴンである。自らが最強の種であることは、本能が知っている。こんなサルの進化系の子供に睨まれる程度、どうと言うことはない。 どうと言うことは無い。はずだった。 だが・・・。

「ぐるる・・・・。」

 動けなかった。何故か、体が全く動かないのだ。 恐怖であろうか。いや。それを感じるには相手はいささか小さすぎる。大体、何故ドラゴンである自分が人間風情に。 そう思いつつも、ドラゴンは動けなかった。 汗が掻けるなら、冷や汗でぐだぐだになるほどの緊張しながら、ドラゴンは今一度目の前の子供を品定めする。

 ガタイは、あの年頃の子供にしてはよいほうだろう。 魔力は感じられない。精霊の籠を受けているわけでも、特別な防具を身に付けている訳でもない。武器といえば、精々何故か持っている物干し竿(竹製)くらいだ。

 そう。恐怖を感じる必要など皆無なのだ。 もし魔法が使えても、強靭な鱗が弾き返す。いや、それ以前に、人間など、攻撃してくる前に殴り飛ばせる。子供の竜で有るゆえに丸のみとは行かないが、それでも前足を人薙ぎすればこの程度の人間、話にすらならず髪のように吹き飛び引きちぎれるだろう。

 そうだ。恐れる事など無い。 必死に自分を鼓舞するドラゴン。 そんな心情を知ってかしらずか、ハウザーは一歩。 ザンッ と、間合いを詰めた。

「・・・!」

 その一歩で、ドラゴンの心からわずかばかり残っていた余裕が消えた。 いや。一歩ではない。余裕を奪い去ったのは、その一歩を踏み出したときの、ハウザーの目だ。

「(なんて目してやがる・・・! まるで敵を睨みつける、古代龍みてぇーな目だ・・・!)」

 また一歩。 ザンッ と、ハウザーは一歩ドラゴンとの間合いを詰めた。 「・・・ぐるる・・・?!」 唸りながらも、完全に気圧されたドラゴンは後ろに一歩下がった。

 一歩。 一歩。 ドラゴンは追い詰められていた。 「(な、なんなんだこのガキは・・・! ど、どうすれば、どうすれば助かる・・・?!)」

 もはやドラゴンに余裕は皆無だった。逃げ出そうにも、背を向ければ叩き切られそうなその気迫に、少しずつ後退することしか出来なくなっていたのだ。 だが、しかし。ハウザーはそれを許さなかった。

 ゆっくりと。本当にゆっくりと。 “槍”の切っ先を、ドラゴンに向け始めたのだ。無論実際は槍などではなく、物干し竿である。 しかしドラゴンには、それは今まで見たどんな恐ろしい殺傷力を持つ武器よりも恐ろしく見えたのだ。

 向けるな。 と、ドラゴンは思う。 下に向けられていた切っ先が、徐々に上がってくる。 向けるな。ドラゴンは後ずさりながら念じる。 切っ先はゆっくりと、ゆっくりと上がってくる。 向けるな・・・! 切っ先がドラゴンの眉間の高さまであげられ、狙いを澄まそうとゆらりと揺れる。

 ブンッ!!  突然、ドラゴンがハウザーを狙い、前足を思い切り振り下ろした。強烈な踏み潰しである。 緊張感に耐え切れ無くなり、攻撃に出たのだ。

 ドンッ!!

 大きな音が響き、土煙が上がる。

 やった! みたか人間風情が! ドラゴンに猿如きが勝てるいわれが・・・!

 ドラゴンがそこまで思った時だった。砂煙が晴れ、ハウザーの姿が見えた。 “物干し竿を構えていない片手で、ドラゴンの前足を止めた”ハウザーの姿が・・・!

「ぎ・・・?!」

 ドラゴンが叫ぼうとした、そのときだった。

「うぉぉぉおおおらあぁっ!!!」

 ズドォォン!!  それはまるで、摩擦熱で竹が爆発したかのような音だった。

 死んだ。ドラゴンですらそう思った。   しかし・・・。

「・・・。」

 硬く目を瞑っていたドラゴンは、ゆっくりと、恐る恐る目を開けた。 と・・・。物干し竿は、眉間すれすれの位置で止まっていたのだ。

「ぐ、る、るぅぅぅ・・・。」

 ドサン。 全身の力が抜けたように、ドラゴンは倒れ付した。 気こそ失っていないが、戦意は完全に消え去っていた。

 そんなドラゴンを見つめ、少年は無言で佇んでいた。

 笑うなら笑え・・・。 完敗。正に完敗である。 人間に、人間の子供にドラゴンか完敗したのである。不甲斐ない。いや、情け無い・・・。

「たてるか?」

 しかし。 ドラゴンに向けられたのは、彼を助け起こそうと伸ばされた手だった。

 頭をかき乱された様な気になり、ドラゴンは弾かれたように頭を上げた。 その目に映ったのは、真っ直ぐ。ただ真っ直ぐ自分を見る少年の目だった。

 誇るでもなく。あざけるでもなく。 ただ、友を気遣う目だったのだ。

 敵わない。  力でも。気持ちでも。  最強の生物であるはずのドラゴンが、たった一人の子供に、本当の意味で負けた瞬間だった。

 

数刻後・・・。

「ど、ドラゴンダァ〜!!」

「ぎゃぁ〜〜!!」

 逃げ惑う民達を、「きょうもげんきそうだ。」と、的外れな事を言いながら眺めるハウザーが目撃される事になる。 ちなみにこのときハウザーは、強敵(とも)であるドラゴンに跨っていたのだった。

博士の風変わりな研究と飯のタネ 番外編 ちょっと前の英児とDr

「で。この国には・・・と言うか、この世界には慣れたのかね?」

「ボチボチってところだ。仕事の方もな。貰ったあれ、感謝してるぜ。」

「ふむ。例には及ばないのだがね。君の活躍を聞くたび、私の作品が使われているのかと思うと震えが来てね。 一般の方々には理解され難いかもしれないが、自分の作ったモノが使われると言うのは実に心情を動かされるものなのだよ。」

「へぇ。そんなもんなのか。 そうそう。今日は聞きたいことがあってきたんだった。」

「そうなのかね? 私に答えられることであれば、私が答えたい範囲で何でも応えようと思うのだがね。」

「ああ・・・。 俺のパワードアーマーなんだが・・・アレには合体機構があるな・・・?」

「・・・ふっ。流石に鋭いね。 確かに、アレには合体機能があるね。 三台のマシーンが状況にあわせ合体。水、陸、空で最高の能力を発揮のだがね・・・!」

「お、おおおぉぉぉ!! す、すげぇ! すげぇぜプロフェッサー!!」

「ちなみに、ピンチになるまでこのマシーンの使用は不許可なのだがね。 なにせこの私が、“こんな事もあろうかと、密かに開発していたモノが有るのだがね!!” と言って発進させるのだからね!」

「っかぁ〜!! 分ってるじゃねぇーかプロフェッサー!!」

「つか、ここで言ってる時点で密かにじゃねーし。」

「うっせぇ! 黙れジェーン! 男の浪漫が分らん奴は帰れ!」

「オメーが帰れよこの似非ヒーロー。 つか、“アーマー・オブ・ディープレッド”って名前ださいんだよ。気付けよ。」

「ははははは! 甘いといわざるを得ないと思うのだがねジェーン! アーマー・オブ・ディープレッドは装甲の基本名! 新たなマシーンと合体し、名が変わるのだよ! そう。天かける翼“クリムゾンハリケーン” 大地の咆哮“ヒートレッド” そして、弘原海を切り裂く“深赤鯱”・・・!」

「か、完璧だぜプロフェッサー!! 名前だけ意味ありげに紹介しておくあたりプロの技だな?!」

「はははははは! 私もいつまでも坊やではないのだがね!」

「・・・やってろ馬鹿ども・・・。あたしは飯を食う。」

「お前白飯ばっか喰ってると体壊すぞ・・・?」

「ほっとけ。おかずも食ってるだろうが。白米おかずに白米食うんだよ。」

「・・・・・・おおう。」

「彼女は昔からそうなのだがね。」

ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

マービットが施設に入ってから暫くしてのことだった。 突然。マービットたちが訓練をしている施設に、年上の少年少女達が入れられてきた。

 彼等はマービット達の様に生まれた時から“アサシンになるため”に育てられてきた子供たちではなく、ごく普通に生まれ、売り飛ばされてきた子供たちだった。

 彼等は“通常の訓練施設”で教育されていた子供たちで、その中でも特に優秀な子供たちが送られてきたのだ。

 その頃、元々その施設に居た少年少女の数は、十分の一以下になっていた。残った子供たちは感情が欠落したように無表情だったり、いやにニコニコしていたりと、とても普通の同い年の子供たちと同じ様には見えない有様だった。

 後から送られてきた少年少女たちにとって、そう言った“元々施設にいた子供たち”は、異質で相容れない存在だった。 それもそのはず。自分達よりもずっと辛い訓練を、生まれた時からずーっと受けてきたような、人を殺すことを目的に生きて来た連中である。少し前。自分達には確かに居た親たちが、いけない事だと教えてくれたことをこそ目的に生まれてきた、まさしく悪魔にも等しい連中なのだから。

 

 

 アリシア・ケンブリッジ。 それが今日から私の名前だそうです。 前の名前は・・・お父さんとお母さんが付けてくれた名前は、もう私のものでは有りません。 私の持ち物は全部。お人形も、お洋服も・・・名前も売ってしまいました。 残っているのは、私だけです。

 “アサシン”になるために、私はずっと訓練を受けてきました。私以外の“売られてきた子達”と一緒に、頑張ってきました。 でも、何人かの子達が怪我をして、死んでしまいました。中には仲が良かった子もいて、とても悲しかったです。 大切な友達が死んでしまった日は、ベットの中で泣きました。 ベット以外で泣いていると、教官の人に怒られるので、泣けませんでしたから・・・。

 今日から私達は、子供もの頃からアサシンになるために訓練をしてきた子供たちと一緒に暮らす事になりました。 この中に、私の“弟”になる子が居るそうです。

 顔かたちが似ているから、兄弟と言う事にして、お仕事をしやすくするんだそうです。 どんな子だろう。何となく怖いな、と思いながら、私は一緒に暮らす事になる子供たちとの顔合わせに出席しました。

 生まれた時から、アサシンになるために訓練を受けてきた子達。皆、無表情だったり、人付きの良さそうな笑顔だったり、ボーっとしていたりしていました。 皆思ったより怖い外見はしていませんでした。 でも、何ででしょう。その怖くないところが、逆にとても怖かったです。 本当の気持ちをばれないように、表情を浮かべている感じだったからでしょうか。皆私達よりも凄い訓練をしているはずなのに、私達のようにオドオドした様子も、怖がっている様子も、全くなかったからでしょうか・・・・?

 そんな中で一人だけ。変わった子が居ました。 落ち着き無くキョロキョロとして、立ったり座ったり、私達のほうを見て笑ったり感心したりしている男の子。 キラキラとした綺麗な髪に、驚くくらい整った顔立ちをした、綺麗な・・・男の子なのに綺麗って言うのはおかしいかもしれないけど。本当に綺麗な男の子でした。

 彼の名前が“マービット・ケンブリッジ”で、私の弟になる子だと知ったのは、山の中の施設に移った、一週間くらい後の事でした。

ハウザー&マービット マービットの過去なのよ

 マービットの最初の記憶。それはうすらぼんやりと聞える声だった。

「コレ。コレなら使えるかもしれない」

 自分に向けられたその言葉の意味は良くわからなかったが、にっこりと笑ってその言葉を受けた記憶だけがあった。 時折赤ん坊の時の記憶を持ったまま成長する人が居ると言う。まあ、それの軽いものなのだろう。

 

 マービット・ケンブリッジ。四歳。 それがぼく。職業、幼稚園児。好きな食べ物は、はんばーぐでっす!

 それが僕の表のプロフィール。らしい。 らしいってのは、まだ実際に使ったことがないから。 だってぼく、まだ訓練中のアサシンだしねぇ〜。

 ここがどこなのかは良くわからないけど、山の中だってことは確かだ。 もっさり深い森の奥。そこが、ぼくみたいなアサシンになるために集められた子供たちの・・・なんつったっけ? 養育施設?なんだってさ。

 ぼくたちはここで、日々殺しの訓練にまい進している訳ですよ! はい!

ぼくたちと言う言葉の通り、ここにはぼく以外にも沢山の同じくらいの年頃の子たちが居る。 なんでも、「アサシンギルドの先鋭部隊員になるために教育している」んだそうだ。 ああ。なんかカッコイイ響きだよね、先鋭部隊。 ぜんぜんなりたくないけど!へへへ!

 なんか、ぼくはもっとこう、だらぁ〜っとしたのがいいんけどね。何時もの訓練くらいの甘さがちょうど良いとおもうよ。うん。 ま、甘いって言っても、ぼく以外の子は皆訓練の後はぁはぁ言ってるし、訓練中に怪我したり死んじゃったりする子も居るんだけどね。 皆要領悪いから。

 来る日も来る日も、基本的にやれ体術やれ鉄砲、やれ吹き矢、ナイフ、剣術。 挙句、最近は素人さんを安心させる会話の仕方とかまでさせられてる。 なんでも、仕事の都合上一般人に紛れなきゃ成らないこともあるんだってさ。 なもんだから、ぼくたちには一般常識って奴もあったりするんだよね〜。

 だから、自分達が置かれてる状況が異常だって思っちゃう子も居るみたい。 いっつもベットで泣いてる子達とか、その手合いだよね。 ちなみにぼくは、別に悲観してなかったりするんだよ。 どこの世界でも生きるのには仕事せにゃならんしね。それがたまたまアサシンだっただけさぁ〜。 あ、そう言うことじゃないかな? 泣いてる子達、基本的にままとかぱぱとか言ってるし。 両親のことらしいんだけど、ぼく家族いないから良くわかんないね〜。

 

 そうそう。昨日の事なんだけど。ぼくの隣で壁のぼりの訓練してる子が足滑らせてさ。ああ、あと、剣術の訓練中に、本気の斬り合いになったのよ。なんかつるんでる連中が気に入らない奴リンチしたらしくてさ! でもそのリンチしてた連中さ。食事にいつも入ってる、“慣らし”ようの毒薬に当たって、泡吹いちゃってさぁ〜! もう、大変大変って感じッすよぉ〜!  あ。ちなみにぼくは、そう言うの嫌いだから遠くから見守ってただけなんだけどね〜。

博士の風変わりな研究と飯のタネ(16)

「とりあえず、周りの状況を把握したいと思うのだがね。 王国騎士団のレーダーにアクセスするのは無理だとして、民間企業にでもアタックをかけよう。」

 大型画面を眺めながら、Dr・フェネクスはさし当たっての必要な情報をそろえる作業に入った。 誰が敵で、どこに居るのか。それを調べるのは、こういった仕事の場合はナニよりも重要に成ってくるのだ。

「民間企業、“ミカド・セキュリティー”のメインコンピュータににアクセス。 回線つなげました。」

「ふむ。 冗談のような速さだと思うのだがね・・・?」

「元々あの企業のサーバーはDrが開発提供した物ですから。 私にとってみれば可愛い下の兄弟のようなものです。」

 画面上でうっすらと微笑み御辞儀する執事を横目に、Dr・フェネクスは苦笑いのような表情を浮かべる。

 “ミカド・セキュリティー”は、業界でもシェア1、2と言う、大手のセキュリティー企業だ。 倉庫やビル、一般家庭。様々なロックシステムや警備システムを取り扱い、モンスターや盗賊からの護衛なども行う、言わば警備のプロ集団だ。 その警備のプロのメインコンピュータに、これほど容易く侵入出来るのは、執事の言葉通り、それがDr・フェネクスが作ったものだからに他ならない。

「他のものならいざ知らず、Drが製作なさった兵器以外のコンピュータならば。この私に侵入できないものは御座いません。なにせ私は彼等の“兄”であるわけですから。」

「なんとも心強いね。 さて。レーダーにの様子どうだね?」

「お待ちを・・・。出ます。」

 執事の言葉に続き、画面上に地図が現れた。 アクアルートの地図の上に、様々なアイコンがのり、それらがリアルタイムで移動しているというものだった。

「やれやれ。 コレはまずいね・・・。 というか、騎士団表示が一つしかないようなのだがね?」

 近衛騎士団の紋章は、盾にランス、麦の穂があしらわれたものである。それがでかでかと一つだけ、ゆっくりと移動しているのを眺めながら、Dr・フェネクスは不審気に眉を寄せた。

「お待ちを・・・。 どうやらこの表示、一つと言うより、一隻といった方が正しいようです。」

「む?」

「“移動要塞 イージス” 近衛騎士団団長、ハウザー・ブラックマン様の艦で御座います。」

「ふぅ〜む・・・。」

 執事の言葉に、Dr・フェネクスはつかれたような溜息を吐いた。

 移動要塞。 それは、魔道力推進と浮遊技術により宙に浮いた、言わば空の攻撃空母である。 バリアーなどの防壁魔法を駆使する事により、その大きさでもただの的に成る事は無い。 搭載された魔力精製機関により空中に存在する自然魔力と呼ばれる“あらゆる空間に存在する魔力”を取り込む事により、半永久的に稼動。その魔力を使用した大魔術展開や、輸送力をフルに生かした機動鎧の運搬など、現在の戦争においては花形的存在である。

「空賊“ガトリング・ミリル”様の“ジェノサイド・ホエール”を目指しているようです。どうやら機動鎧を投入して市街に分散してる賞金首を捉えるつもりのようですね。搭載機の発射カタパルトがオープンしています。」

「ふむ・・・。 やれやれ。思った以上にコレは・・・。」

 Dr・フェネクスは大きく溜息をつくと・・・。 ニヤリと口元を歪ませた。

「面白そうな展開だね。見学甲斐が有るよ。 早速ガルシャラとテトに連絡を取るとするかね。一般の通話機は盗聴されても不愉快だから、別の方法で連絡をとりたいね。 それが終ったら、賞金首を見つけてループたちに報告だね。私がガルシャラに連絡を取っている間に、賞金首を見つけてくれると助かるのだがね?」

「仰せのままに。」

 恭しく頭を下げる執事だったが、Dr・フェネクスの目には既に彼は映っていなかった。 楽しげにランランと目を輝かせながら、Dr・フェネクスは彼の楽しみに夢中だった。。

「ああ! 早くガルシャラたちの戦いが見たいね! 彼等は必ずハウザーとぶつかると思うのだがね! ジェーンと英児もきっと楽しい事をしてくれると思うしね! きっとあの二人、ループにシュナ、パペッター、ナップに喧嘩を売ると思うのだがね!! そうなったら私が横から賞金首の少年を奪い、色々と兵器の実験台に成ってもらおうと思うのだよ! 例えば“ズレ落ち機能付き大きめ眼鏡型レーザー発射装置”と、“クマ耳型距離測定レーザー式ターゲッティングレーダー”なぞ、はまり役な気がして成らないと思うのだがね!!」

 はっはっは と、高笑いをかましながら満足そうに頷くDr・フェネクス。 どうにもこうにも。最終目標はそこにあるようであった。

レニス王国宰相 アルベルト・ストラルフ ハウザーとアルベルトのファーストインパクト

 アルベルトが始めて“ハウザー・ブラックマン”と言う男に出会ったのは、彼が宰相の地位について間もないときだった。

 現在の王である“レニス・スタッカート”が王位に付いたと当時に、一介の冒険者から一気に宰相になった彼には、腹心と呼べる人物が殆どいなかった。 故に、当時のアルベルトにとって“使える人材”を探す事は最重要且つ、最初にしなければならない仕事だったのだ。

 

 “ハウザー・ブラックマン”。 その男に関する報告書は、にわかには信じがたいものだった。

 曰く。 魔力駆動の車輪を付けただけの対魔法鎧と、モーターを取り付けたドリルそっくりな槍一本で、敵対国の小隊を全滅させたという。 しかも相手は、精鋭と名高い強化魔道歩兵のみで構成された部隊だというのだ。

 どんな化けモンだよそいつはよ・・・。

 呆れ半分で資料に目を通していたアルベルトは、世の中には意外とバケモノが多いのだな。と、思い知る事に成った。

 ハウザーが戦っていた映像、証言。 どれをとっても、ハウザー・ブラックマンがたった一人で敵部隊を全滅させたとしか考えられないものばかりだった。 いや。正確には彼の部下がいたということだったが、その人物は終始逃げ回っていたという。

 会って見よう。 アルベルトがそう思い立ってから実際に会うまで、さして時間は掛からなかった。

 

「なんだこのチビ。 お偉方に呼び出されたんじゃねーのか?」

 第一声。ハウザーはアルベルトを睨みつけると、実に自然な口調でさらりと言い放った。 嫌味でもなく、ボケている訳でもなく、ナチュラルにそう言ったのだ。

「ああ?! お前上司の顔もしらねーのか! 俺がそのお偉方、“アルベルト・ストラルフ”さんだぼけ!」

「アスファルト・ストライプ? 聞いた事ねーぞ。」

「アルベルト!! アルベルトだ!! つか、マジで言ってのかてめぇ!!」

「テメーさっきから聞いてりゃボケだの何だの抜かしやがって、このチビ助が! ぶっ飛ばしてやるからそこに直りやがれこらぁ!!」

 アルベルトに殴りかかるハウザーだったが、すんでの所で彼の部下が後ろから破壊締めにするのだった。

「隊長! 落ち着いてください隊長!! この人マジで宰相閣下っすよ! 洒落にならないっす〜!」

「ああ?! この生意気なガキが宰相?! まじでか?」

「まじっす。」

「じゃあ、このミニマム宰相に言葉遣い教えてやらぁ!!」

「上等だこのボケ騎士野郎が! テメーみたいなへなちょこに殴られたってへでもねーってンだよ!!」

「何挑発してんすか〜?!」

 そんなこんなで、一時間後。

 アルベルトはハウザーの足元に転がる事に成ったのだった。

「ご、ごはぁっ・・・! つ、つか・・・俺こう見えても、“大陸中央戦争”じゃブイブイ言わせてたんだぞ・・・! その俺に、剣一本で・・・?!」

「ああ?! なにほざいてんだボケ! 俺は騎士だぞ?! 魔法だろうがなんだろうが、テメーくらいの錬度の奴なら効きゃしねーってんだよ!!」

 騎士だから云々と言う問題では無い。 アルベルトは間違いなく、この国でも十本の指に入る使い手であり、その彼は今、ハウザーと言う男を倒す気で戦い、ものの見事に負けていた。実戦経験も魔法技術も、体術さえ兼ね備えた一騎当千の“歴史に残る天才”と呼ばれる“アルベルト・ストラルフ”が、剣を持っただけの騎士に負けたのだ。

「て、テメー。ほんとに人族かよ・・・。」

「ああ?! 他に何に見えるってンだこのチビ!」

「って、隊長?! まずいっすよ! 俺たちタダでさえ場末の超極小部隊の、っつか、たった二人しかいない部隊なのに、こんなことしたらただじゃすまないっすよ?!」

「安心しろマービット。ここより最低の場所に飛ばされる事はねぇ!」

「飛ばされる以前に首切られるッス・・・! つか、二人の喧嘩で隊舎フッとンだっすよ! 周囲五百メートル更地ですよ!」

「うるせーっつってんだろばーか! 元々この当たりは何も無かっただろうが!」

「・・・それはそれで寂しいッス・・・! つか、宰相閣下も無茶苦茶ッス! お忍びでこんなど田舎に来るわ兵舎フッとばすは・・・!」

「まぁ。良いじゃねーか・・・。 それよりハウザー。」

「さんを付けろこのミジンコチビ!」

「黙って聞けよ・・・。 お前に兵隊くれてやる。」

「ああ?」

 釈然としなさそうな顔のハウザーだったが、この後に続く台詞を聞いて、表情が変わる。

「俺には腹心があんまりいなくてな。 特にお前みたいな奴が一切居ない。 だから、お前に部隊をくれてやる。俺の手の届く範囲。アクアルートに来て、国の中枢に近い所で仕事をしてくれ。

 つまるところ、大昇格である。 ハウザーはそれまでのヤクザかチンピラのような表情とは違う顔をしていた。 完全に怒りに満ちた顔。

「じゃあ、この村はどうなる。」

「ああ? 元々お前等がここに来たのは嫌がらせみたいなもんだ。ここには元々、隊の駐屯予定はないか・・・」

 当たり前のように言ったアルベルトの言葉に、ハウザーは全身から怒気を放つように叫ぶ。

「ザケンなくそぼけがぁぁ!!! 俺が!! 騎士が守るべきは国なんかじゃねぇ!!

「はぁ?!」

「テメー、宰相!! 良く聞け!! テメーが食べるパンは誰が作る?! テメーが住んでる場所は誰が建てた?! いつもいつも当たり前に飲んでる水は誰が井戸から汲んだ?! 全部民だ!! 俺たちもお前も、王も!! 皆民に食わせてもらってるんだよ!! そして俺達はその代わりに!! 命に代えても民を守る!! 俺はこの村で二年過ごした!! 二年間、俺はこの村の土と森と畑と、民に食わせてもらってきた!! だから俺はこの村を命に代えても守る!! そう決めた!! 大体、この村は一度襲われてるんだぞ?! それも敵国の精鋭にだ!! いつ敵が来るとも知れないのに、騎士が守るべき民を置いて別の所にいけると思ってやがるのか!!」

「隊長〜。そう興奮しないでくださいよ〜。」

「喧しい!! 勘弁ならねぇ! マジでぶっ殺してやる!!!」

「あぁ〜!! 落ち着いてくださいっす〜!!」

 暴れ狂うハウザーと止めようとする彼の部下を眺めながら、アルベルトは馬鹿のようにぼけーっとしていた。 やがて肩をガクガクと震わせると、大声で笑い始めた。

「なんだ? 殴る前に頭悪くなったか?」

「違うわ!! 気に入った! 気に入ったぞ“ハウザー・ブラックマン”!! テメーに王立近衛騎士団をくれてやる!! 好きに使え!! だか、この騎士団が守る管轄はここじゃねぇ!!」

「ああ?! テメー話聞いてなかったのか?!」

「騎士団が守るのはこの国全部だ!! この国全ての騎士への支持系統がテメーの下に入る!! 好きに使え!!」

「はぁ?! テメーマジで言ってのか?!」

「あたりメーだボケ!! テメーの心意気気に入った!! だが、この村を守るだぁ?! ちまいこちってんじゃねぇ!! 守るなら徹底的に守って見せろ!! この国と、この国の民全部をなぁ!!!」

 アルベルトとハウザーがであって、約一時間と数分。 こうして、“ハウザー・ブラックマン”と言う、田舎騎士は、一瞬にして国の顔とも言うべき地位に納まったのだった。

 

ハウザーは騎士団長に成るに当たって、部下を一人連れて行きたいと言い出した。 彼が田舎の弱小部隊に飛ばされる、ずっと以前から下にいた男で、アルベルトに襲い掛かるハウザーを必死になって止めた人物だった。

 名は、“マービット・ケンブリッジ”。

 “ハウザー・ブラックマン”の懐刀にして、見た目に反して優秀な副官である。

博士の風変わりな研究と飯のタネ(15)

「さてさて。五人とも出て行ったことだし、私はそそくさと自分の仕事をする事にしようと思うのだがね。」

 うむうむと頷きながら、Dr・フェネクスはぱちりと指を鳴らした。それを合図に、彼が座っている周りの床が抜け、下から大掛かりなモニターがせり上がって来る。

 Dr・フェネクスはその様子を満足げに眺めながら、自分の仕事机の上に乗せていた猫耳付きのカチューシャをガシーンと装着する。

「“猫耳型思考感応装置”。 通常のイメージフィードバック装置を改良! 猫耳を模する事で性能を約3倍にする事に成功したのだよ。角をつけて赤くするのと同じ倍率と言うのが、実に素晴らしいと思うのだがね。」

 そんなどうでも良い事をのたまいながら、脚を組み、頬杖を突くDr・フェネクス。絵的には激しく悪役っぽいが、言っていることと装備がからっきしである。

 巨大モニターは一度点滅すると、まるでパソコンのデスクトップのような画面を映し出した。 そしてそれは、まるで、と言うか、そのままデスクトップなのだった。

 魔法文明と科学文明が発展したこの世界には、電子回路と魔法回路を併用したコンピューターがあった。 通話用のケーブルや専用ケーブルを使用したインターネットまである。 いまDr・フェネクスが準備しているのは、彼専用のスーパーコンピュータなのだった。 Dr・フェネクスが今装備しているカチューシャで思考を読み取り入力する事により、その入力スピードと量は、驚くべきものになるのだった。

「このアクアルートはいたる所に監視カメラなどがあるからね。ハッキングすれば、居ながらにして様々なことが出来ると言う寸法だね。 街に転がっている工事用機械もコンピュータ制御だからね。此方も利用させてもらおう。壊してしまうかもしれないが、働くお父さんお母さんお兄さんお姉さんには諦めてもらうしかないね。私の楽しみのためである訳だしね。」

 無茶苦茶な事を言いながら、眼鏡を掛けなおすDr・フェネクス。 そんな彼の前のモニターのなかに、突然人の姿が浮かび上がる。 まるで執事のような服に身を包んだその男は恭しく頭を下げると、ゆったりと落ち着いた笑顔を浮かべた。

「御久しぶりです。Dr。 このごろ私が呼び出されて居ない所を見ますと、どうやら篭りきりで研究をされていた御様子。 偏った食生活などされていませんか?」

「久しぶりだね執事君。 いやいや。偏った食事と言うが、白米だけの生活で恐ろしい力を発揮する人物も居るこの世の中だよ。それも悪くはないと思うのだがね?」

「ジェーン様のことですか。しかし彼女は特殊も特殊。 数千年もお世話をさせて頂いてきたわたくしの経験から言って、Drがそのような事を仰られる時は、何も召し上がっていらっしゃらない時と判断せざるを得ないのですが?」

「はっはっはっは! 見抜かれているね! まあ、その事についてはあとでしかられる事にして、仕事をしなくてはならなくてね。サポートを頼みたいのだがね。」

「は。すぐに準備を整えましょう。この街の大半のカメラと工事機械に流したウィルスは健在なようですので、すぐさまお仕事を始めていただけるものと思います。」

 とたんに、モニター上から執事が消え、画面が目まぐるしく動き出す。 倉庫街、道路、店の中。ありとあらゆる映像が次々と映し出されたはきえていく。

「さてさて。今日は情報化社会での冒険者の渡り方と言うのを、ご覧に入れようと思うのだがね。」

 ニヤリと笑うDr・フェネクス。が、頭の猫耳カチューシャが全てを台無しにしている事は・・・言うまでも無い。

博士の風変わりな研究と飯のタネ(14)

 六発装填型回転式拳銃。二対一体にして、ジェーンが魔術師としての全知識と経験、技術をつぎ込んで作り上げた逸品。 銘“オルトロス”。

 炸薬、魔力炸薬は勿論、液化、気化、固形、ありとあらゆる炸薬と打ち出し方式に対応し、有効射程は最大2400mと言う、常識を逸脱した“魔術師の工芸品”である。

 勿論弾頭も、様々なものに対応している。魔力結晶、通常弾頭、水銀、貫通、炸裂、魔法添付式・・・。必要ならば弾丸を打ち出すその瞬間に魔方陣を書き込むことすら可能。 拳銃を使う魔法使いにとって、コレほど便利で高性能な・・・扱い切れないほどの性能の銃は無いだろう。

 

「何発打たせる気だよあのトンチキ・・・。」

 壁に背を預けながら、弾丸を込めるジェーン。 テンガロンハットを目深に被りなおしながら、只管にダルそうな顔で毒付いている。

 あのトンチキと言うのは、無論英児の事であった。 手数の多さと回避力にものを言わせるジェーンに対し、英児の戦術は鉄壁と一撃必殺。 決着が付く時は一瞬だが、長引けば永遠に続いていくパターンの典型ともいえる組み合わせだったりした。 普通の人間同士であれば一発のダメージが致命傷に成ったりするのだが、御互いプロである。そうそう簡単に傷は負わないし、負ったとしてもいくらでも回復方法を用意してあるのだ。

「このまま行くと共倒れか。 ・・・それは、だめ・・・あたしは・・・。」

 急に無表情になったかと思うと、片言のようなたどたどしさでブツブツと何事か呟き始めるジェーン。 が。ゴカァン! と、後頭部を寄りかかっていた壁に叩き付けると、全身から気だるさを放ち始める。

「あぶねぇ〜・・・。 まじあぶねぇ〜。クッソ。こんな時にこんなことしてる暇ねーんだってのに。 こっちがあぶねーよ全く。」

 ダルそうでありながらイライラしている感じが滲み出ているという、実に器用な顔をするジェーン。

「あっちまだ本気出してないみたいだしなぁ。 こっちも拳銃一丁しか使ってないけどさ・・・。」

 と、一人呟いていたジェーンの耳に、ベシャッ と言う間抜けた音が入ってきた。見れば、アッシュが何も無い所でこけているではないか。

「あのクビがツカマらねーのは、ぜってー賞金稼ぎ同士が潰しあうからだ・・・。」

 

「相変わらずやりやがるぜジェーンの奴・・・!」

 壁に背を預けながら、英児は楽しそうに呟いた。自慢の装甲と剣のコンディションを見、満足げに頷く。

 英児の装備のエネルギー源は、英児自身の感情の高ぶりだった。 いまのように装備に魔力が満ち満ちているということは、それだけいま興奮状態にあると言うことである。

「御互い壁越しでもあっちは魔術師だからな。 こっちの動きは見られてるだろうし。落ち着いちゃいらんねーってのは・・・ちと辛いか。」

 コキコキと首を鳴らしながら、英児は今の状況を分析し始めた。

「御互い本気もなにもだしちゃいねぇ。当たり前か。クビ巻き込んだらお終いだからな。別に潰しあいしてるわけでもねーンだし。 問題はどうやって・・・いや・・・なぜ・・・。」

 呟く英児の声が、徐々に小さくなっていく。 それに呼応するように、装甲のアカがどんどんとその色を失っていく。 と。「チッ!」と、英児は舌を鳴らすと、「うおぉぉぉぉ!!」 と、一声空に向かって吼えた。 すると、次の瞬間には装甲がその色を燃える様な鮮烈な赤に染まりあがる。

「くそ・・・! いまはそんあこと悩んでる場合じゃねーってンだよ!! 熱く! 熱く!! 熱くだチクショウ!!」

“もといた世界では冷静沈着と言われていた自分”を鼓舞して、無理矢理に感情を高ぶらせる英児。

「もう良い。次で決めてやらぁー。様子見なんて俺じゃねぇ。一発派手に決めて、きっちりクビもとっつかまえる!」

 と。一人気合をしれていた英児の耳に、ベシャッ と言う間抜けた音が入ってきた。見れば、アッシュが何も無い所でこけているではないか。

「野郎が捕まってねぇーのは、賞金稼ぎが潰しあうからか・・・。」

博士の風変わりな研究と飯のタネ 番外編 ちょっと前のジェーン

 もう何年も前になる。

 ジェーンはどこにでも居る、ストリートチルドレンだった。

 都市国家であるレニスでは、そう言った子供たちを引き取り、養育する施設があった。 キチンとした制度も環境もありながら、ジェーンはそれを拒んだ。

 理由があったわけではない。 飼いならせれるのが嫌だったのかなんだったのか。幼心に、あそこに行くのだけは嫌だと思っていた。

 パンを盗み、着るものを盗み、飲み物を盗む生活を、ジェーンは当たり前のようにしてきた。 盗み方すら、先輩ストリートチルドレンから盗んだのだ。

 徹底的に盗み、したい事をして、好きなように生きていたジェーンが、Dr・フェネクスに出会ったのは。彼女が5歳かそこらのときである。

 

「ふむ。ものとりかね?」

「そう。 たべものおいてけ。」

「断るね。 私も久しぶりの食事なのでね。 まあ、どうしても欲しいというならば、おすそ分けしないでも無いが。」

「わけるな。 ぜんぶとるから。」

「施しは受けないと言うことかね?」

「? もらうのはきらい。 じぶんのぶんは、ちからずくでうばう。」

「はっはっはっは! なかなか豪胆な少女だね君は! よかろう。ならば私も遠慮はしない。奪われないために、君に失礼の無い様お相手しよう! しかし、いま私から奪える食料はたかが知れているよ。 君が勝ったあかつきに奪い取れるであろう食料も、実に微々たる物だ。どうだろう? 私はこれから研究室へ帰るのだが、その私の後を付け、大量の食料を視認した後私を倒すというのは。」

「・・・? んん?」

「要するに、私の家で私を倒した方が、御腹が一杯になるということだね。」

「・・・・・・。」

「警戒しているのかね? 無理もないね。君は僕が冒険者であることを知っているようだね?」

「ずっとあとをついていった。」

「冒険者協会の建物から出てここまで、ずっとだったね。 いやいや。中々気がつきにくい隠れ方をしたものだね。感心したよ。 そして、安易に私のテリトリーに入ろうとしないのも、良い判断だね。  ふむ。 君は、労働に興味が有るかね?」

「ろうどう?」

「私のうちに来て私を手伝ってくれ、と言う意味なのだがね。 こう見えて私は研究者だね。 色々と仕事が多いのだよ。 勿論、労働に見合った対価はお支払いするつもりなのだがね。 なんなら、通勤し易いように住居も貸そう。悪くない条件だと思うのだがね?」

「・・・? んん?」

「つまり、君の“力”で私を手伝い、“報酬”を“ぶん取り”たまえ。と、言う意味なのだがね。」

「ちからで、ぶんどる。」

「そうだね。」

「やる。」

「ふむ! 契約成立だね。 案内しよう。付いて来てくれるかね?」

 

 こうして、二人の妙な共同生活は始まった。

博士の風変わりな研究と飯のタネ(13)

 アクアルートの、撃ち捨てられた倉庫街。 その中の一つ。“Dr・フェネクス研究所 兼 個人冒険小屋”に、その面子はたむろっていた。

 “ガルシャラ・カーマイン”“テト・ウルフ”の冒険者コンビ。 そして、“ループループ”“シュナ・ブリット”“パペッター(人形遣い)”そして、いまはループの膝の上で眠りこけている“ナップ・ラグタイム”の、戦士団4人組みだ。

 この六人は、それぞれテーブルを挟んでソファーに座っていた。

 ついさっきまで戦っていたのだから、御互いリラックスできる訳も無く、何となく殺気立った雰囲気を互いに放ちあっていた。 テトとシュナなどは、お互いにガンを飛ばしあっているほどだった。

「・・・で、呼び集めてどうするつもりだ? Dr。」

 にらみ合うのに疲れたかのように溜息を吐くと、ガルシャラは長テーブルのお誕生日席に陣取り足を組んでいるDr・フェネクスに顔を向けた。 賞金首を取り合って争っていた六人を止め、この場に集めた人物。 それは誰有ろう、Dr・フェネクスだったのだ。

「はっはっは。 友人同士が戦っている様と言うのは、見ていて胆が冷えてしまってね。止めに入ったのだよ。 それに、目的もあったしね。」

 Dr・フェネクスは懐からシガレットケースを取り出すと、中から葉巻を取り出し、咥える。

「その前に聞いておきたいのだが、君たちの目的はなんだね? ああ、と言っても、金が手に入ったら何をしたいのか、と言う意味なのだがね。」

「・・・・・・ああ。なるほど・・・。」

 何か合点がいったのか、大きく頷くガルシャラ。 かけたサングラスを押し上げると、リラックスしたようにソファーに深く座りなおす。

「少しミスをしてしまって、食堂の親父に車を取り上げられてな。 取り返すのに大急ぎで20ほど用立てないといけなくなったんだ。」

「って。ちょっと! あんた達たった20のために首かろうとしてたの?! 頭可笑しいんじゃない?!」

 馬鹿にしような怒ったようなシュナの売り言葉を、テトは言い値で買う事にしたようだった。 こめかみに血管を浮かび上がらせると、限界までメンチを切ってテーブルにドカンと足を乗せる。

「うっせぇ! 財布落としたんだから仕方ねーだろーが!!」

「はぁ?! 財布落としたぁ?! アンタそれでも冒険者なの?! 自己管理ぐらいしっかりしなさいよね!!」

「金なんざ落としたって稼げるから良いんだよ!! 生憎俺等はテメーらより稼ぎもいいしなぁ! 腕が良いからぁ?!」

「な、何ですってぇ?! この白髪チビ!!」

「誰がチビだ!! 焼くぞこら!! 俺は普通だっつーの! ガルシャラがでかすぎるからそう見えるんだよ!!」

「はっ! 私よりちっこいくせに良く言うわ〜!」

「うっせぇばーか! じゃあ、テメーらは何でこの首追っかけてんだよ!! テメーらがただ賞金首追ってるっつったって説得力ねーぞ?!」

「う・・・!」

 テトの突っ込みに、思わず硬直するシュナ。 彼等4人組み。“二十日鼠”は、2ヶ月前に行われた小規模な国家間戦闘に傭兵として参加していた。 狭い業界である。誰がどちら側についたかと言うのは、簡単に調べられる情報だ。 “二十日鼠”はその戦闘では勝利側に所属していたため、相当の報酬を手に入れているはずなのである。 それこそ、一年以上は遊んで暮らせる額を手に入れたはずである。 故に、いまここで3万程度の賞金首を血眼になって追っているというのは、リスク的にも金銭的にも、考え難い状況なのだ。

「そ、それは・・・。」

「さいしょにあのしょうきんくびをつかまえたひとが、るーぷおにいちゃんと、おかいものにいけるんだよぉ〜!」

 ビクゥッ。 突然起き上がり、元気良く宣言したナップの言葉に、凍りつくシュナ。ちなみに、ナップは猫人と人間のハーフであった。 手や足は毛皮に覆われ、その毛皮は顔の頬まで来ていた。耳は、お約束のように猫耳で、目も猫のそれだった。 言うなれば、リアル肉球猫耳っ子といったところか。 身長は一メートルちょっと。猫人の平均身長が140〜160cmであることを考えると、ちょうどお子様最高潮といった所だろう。

「な、なな、なにいってるのよ、ナップ?!」

 動揺して声を裏返しながらあとずさるシュナの様子に、ナップは不思議そうに首を傾げる。

「だって、やどやさんでおやくそくしたもんっ! さいしょにしょーきんくびをつかまえたこが、るーぷおにいちゃんと、ふたりっきりでおでかけなんだもん!」

 ぱたぱたと手を動かして主張するナップに呼応するように、パペッターもコクコクと頷く。もっとも真っ黒なローズに包まれたその動作は、少し解り辛いものな訳だが。

な、そ、だから、あれはその・・・!」

 ループは、挙動不審に成るシュナを眺めながら、キョトンとした顔で小首をかしげていた。 どうやらこの状況を理解していないらしい。

「・・・なぁ、Dr。たしかパペッターって女性だったよな?」

「うむ。なかなかの美人だったと思ったね。 彼女は気を許した相手の前で無いと、顔を晒さないようでね。」

「・・・う〜ん。 ループのヤローを五〜六十発ぶっ飛ばしてやりてー衝動に駆られるのは俺だけか・・・。」

 ラブコメってンじゃねーよ。そんな目で4人を睨みつけるDr・フェンクス、ガルシャラと、テトの三人なのでした。

「兎に角だよ。 ガルシャラ達の目的は“僅かな金”。 ループ達の目的は“賞金首を自分達が捕まえること”。 私の目的は、“賞金首を追う者達の攻防を見物すること”。ならば、利害は一致していると思うのだがね。」

「俺たちが周りの賞金稼ぎを足止め、“二十日鼠”の面子がクビを掴む。 Drは、周りの状況を六人全員に伝える。要するにナビゲーターになるって訳だ。」

「その通り! この条件ならば全員が満足する結果が得られると思うのだがね!」

 ぱちりと指を鳴らし、満足そうに葉巻の先を噛み切るDr・フェネクス。指先に魔法の炎を灯すと、その葉巻に火を入れる。

「そうだな。悪くない条件だ・・・。 どう思う? テト。」

「考えるのはガルシャラの仕事だろー。 俺は何でもいい。」

「じゃ、決まりだな。 俺達はOKだ。 その条件でやらして貰おう。」

「おお! 乗ってくれるかね! コレは実に有意義な時間が過ごせそうだね!」

 ガルシャラの言葉に、実に嬉しそうな笑顔を作った。

「で、“二十日鼠”の連中は・・・。」

「わたしがループおにいちゃんと、あいすたべにいくんだもん!」

「だ、だから! そんな話をしてるんじゃなくて・・・!」

「(こくこく)」

「全然話が見えないんだけど〜・・・?」

「・・・。 とりあえず、あの惨状が一段落付いてから話した方が良さそうだと思うのだがね。」

 未だにラブコメっている4人を前に、“とりあえず殴りたい”オーラを放ちまくる三人であった。