博士の風変わりな研究と飯のタネ(10)

このとき、“ガルシャラ・カーマイン”は、非情に釈然としない心中を、黙々と押し殺していた。

 身長二メートル、体重82キロと言う引き締まった体躯を、黒Tシャツに黒いパンツで包み。背中には自分の身長と同じほどの大剣と、五メートルを越える巨大な鞭。そして、二振りの片手剣を装備。髪は短く切りそろえられ、目を覆い隠すような丸サングラスをかける。 一見統一性がなさそうな装備だが、コレが“要塞落し”と呼ばれるガルシャラの戦闘服だった。

 彼が戦闘服が着ているということはつまり、戦闘の仕方を人に見せるのを嫌うガルシャラが、フル装備で戦わなければならないような相手と戦っている証拠だった。

「セェイッ!!」

 背中に止めていた鞭に手をかけ、引き抜きながら横一線に振るう。 ゴオウ と言う、まるで大木でも振るったような轟音と風圧を巻き起こしながら、鞭は恐るべき正確さでガルシャラの周りの敵をなぎ払った。 一体の例外も無くガルシャラの間合いに誘い込まれていた敵たちは、見るも無惨に粉々に打ち砕かれた。

 ガルシャラがいま戦っているのは、“二十日鼠”と呼ばれる冒険者グループの一人。“パペッター(人形遣い)”。 二つ名しか名乗らず、それ以外は一切言葉を発さないと言う、実に不気味で薄気味悪い奴。それがガルシャラの評価だった。

 どうやら魔法でマジックアイテムである“人形”を動かし攻撃を仕掛けると言う戦闘スタイルらしい。 珍しくない戦い方だが、驚いたのはその精密さと力強さ。そしてなによりも、その数だった。 マジックアイテムとしての“人形”と言うのは、ゴーレムなどと違い全てを術者が制御しなければならない。例えば平衡感覚。体重移動。それは正に、体が二つになった感覚と良いだろう。したがって、普通の場合ならば人形は多くて二体。三体同時に扱えれば、恐るべき魔術師として尊敬を集められるだろう。 それがどうだ。目の前の人形遣いと来たら、優に20以上の人形を楽々と操っている。 一度に複数の人形を使うために、コマンドを簡略化した人形と言うのも有るにはあるが、そんなものは熟練の戦士にぶつけても何の役にも立たない。 反応速度やパワーに難があるためだ。 しかしガルシャラが屠った人形はどれも、そんな簡略品とは思えないような出来と動きだった。

「人形って一体4〜5万下らないだろうに・・・。何で3万の賞金首追ってんだよ・・・。」

 元来生真面目で苦労症なガルシャラは、持病の胃痛を感じながら、相手に妥協案を提示する事にした。

「なぁ、パペッター! お前さんの人形だいぶ潰れちまっただろ! 良い所諦めて、引いちゃくれないか?! これ以上やりあって賞金首捕まえたとしても、割に合わないだろう?!」

 武器を背中に括り付けなおし、避けに入るガルシャラ。相手の返答を待っているのだが。が、しかし。当のパペッターはふるふると顔を振るだけで、話すつもりは一切無い様子だった。 黒いフードつきのローブを着込み、真っ黒な手袋をしたパペッターの体の動きはわかりにくいのだが、はっきりと否定の意が伝わってくるほど首を振っている様子を見て。「こりゃ駄目か・・・。」と、キリキリと痛む胃を抑えるガルシャラだった。

 交渉決裂。ならば、相手に遠慮している場合ではなくなった。ガルシャラとその相棒。“テト・ウルフ”には、今すぐにでもカネが必要だったのだ。

 丁度小一時間ほど前の事である。 この街に来た必ず寄る食堂に入ったときのことだった。注文した品を食べ終え、いざお会計となったとき。悲劇は起こった。 財布を落としていたのである。 怒った店の主人は、「金が出来るまで車は預かる。」と言って、彼等が移動に使ってる四輪駆動のジープを物質に取ったのである。元近衛騎士団長と言う恐ろしい経歴の持ち主である店の主人に逆らう事も出来ず、二人はしぶしぶテゴロな賞金首を探す事になったのだ。しかし・・・。

「ここら一帯に居る賞金首は・・・“アッシュ”とか言う少年一人なんだよなぁ・・・。」

 好き好んで人が多く、治安組織がワンサカ居るアクアロードに来る賞金首は居ないのである。

「あ。やばい。ちょっと泣けてきた。」

 基本的にネガティブシンキングなガルシャラだった。 が、今はそんな事を考えている場合ではない。 早く賞金首を捕まえないと、愛車が色々な事に利用されてしまうのだ。出前持ちとか。 最悪、飯代のかたに売り飛ばされるかもしれない。それだけは本気で勘弁してもらいたい。

 こんな事を考えながらも、ヒョイヒョイと人形の攻撃を交わし続けるガルシャラ。潜って来た修羅場の数が違うのだ。避けるだけならば、無意識にも出来た。

 普通、人形を使う相手を倒す時のセオリーは、頭を叩く事である。つまり、術師本人狙いだ。 しかし、恐ろしい数を同時に扱うパペッターに近づくのは、容易な事ではない。 さっきから方端から人形を潰してはいるのだが、次々に増えてきるため、手が減らないのだ。

「こりゃ〜・・・どっかにサポートしてる奴が居るな。 神経鋭敏化に思考力強化・・・あと、本人の身体能力強化。」

 昨今の戦闘では当たり前に行われているそれらの強化では有るが、術者の優劣がここまではっきりするものも無いといえた。 元々優秀な人形の使い手に、同じ位優秀な強化魔術使い。 ガルシャラは相手をそう判断すると、武器を鞭から片手剣二刀流に切り替える事にした。

 “二十日鼠”は、“双剣士”“人形遣い”“強化魔法使い”“炎使い”の4人だと言う噂は聞いている。 恐らく確定情報であろうそれを考慮に入れれば、恐らく間違った推測ではないだろう。

「となるとテトの相手は“炎使い”だけじゃ無い訳か・・・。 アイツなら大丈夫だろうが・・・やりすぎてねーだろうなぁ。」

 キリキリと痛む胃を抑えながら、片手剣を左右の手に握るガルシャラ。

「さて。じゃあ、悪いが。早々に決めさせてもらうとしますかね。」

 そう口の中で呟いた、そのとき。突然空から、子供のものと思われる妙に大人びた高笑いが聞えてきたた。 その声に、背中に寒いものを感じ、ぎこちなく顔を上げるガルシャラ。 目に飛び込んできた人物・・・いや、悪魔の姿に、持病の胃痛がキリキリと痛んだのはいうまでも無い。