博士の風変わりな研究と飯のタネ(8)

「な、なんで僕、おわれてるんですかぁ〜?!」

 アクアロードの裏道や表通りを駆け抜けながら、悪魔族の少年、“アッシュ”は、今までの自分の行動を振り返っていた。

 

 彼がこの大陸に渡ってきたのは半年ほど前。 飛行機やら船が発達した今となっては、大陸間の移動など珍しくないわけだが、そのときの彼にとって見れば実に緊張する出来事だった。 なにせ彼は、この大陸に冒険者になるために来たのだ。

 彼が住んでいたのは、国と言うより集落と言った方が良い様な、実に小さな小さなものだっが。彼と同じ悪魔族だけが集まり生活していたそこには、約200人ほどが住んでいた。

 あまり近代的な魔法道具が無かった集落に住んでいた彼が冒険者になろうと決意したのは数年前。 一人の冒険者の出現が原因だった。

 アッシュ達の種族は魔法に優れ、その外見が伝説に出てくる悪魔に似ていることから、近隣諸国から疎まれていた。 それでも彼等の高い能力を警戒してか、攻めてくる事はなかった。そのときまでは。

 機動鎧。浮遊船。終いには空中要塞までもが持ち出され、悪魔族を根絶やしにしようとする遠征軍が編成された。参加したのは、悪魔族が住まう森を取り囲む五つの国。 中には悪魔族と友好関係にあった国もあったのだが・・・悪魔族討伐は、国同士の外交と駆け引きと、見せしめと力の誇示に恰好の場所だったのだ。

 数千の敵を前に、そのとき戦う事が出来た悪魔族の戦士は、百にも届かなかった。残りは子供や、年老いた老人たちだった。

 遠征軍が自分達の森に近づいてくるのを、悪魔族は身を寄せ合い見守るしかなかった。 散り散りに逃げようともしたが、その時には既に森は軍勢に囲まれていたのだ。 当時まだ10歳だったアッシュも、その時の事は良く覚えていた。怖くて怖くて、堪らなかった。大人たちの言う事は良くわからなかったが、怖いモノが近づいてきていると言う事だけは、良くわかった。

 空中要塞と浮遊船による砲撃が始まり、最初の魔法が森を焼こうとした、正にそのときだった。 たった一人の軽装の青年が、数百にも及ぶ戦争用魔法を全て解除したのは。

 小柄で、腰まで届く黒髪をたなびかせ、明らかに大きすぎる紫色のタートルネックの上着を着たその青年は、困ったように眉をハの字にしながら、苦笑いのように目と口元だけで笑っていた。

 村の中央に陣取ったその青年は、次々に投下される機動鎧や兵士たちを一発ずつの魔法で全て無力化していった。 最後には空中要塞や浮遊船までもを破壊し、遠征軍を完膚なきまでに叩き潰したのだ。 しかも驚いた事に、その戦闘での死傷者は全くの皆無だったと言う。

 呆然とする悪魔族を前に、戦いを終えた青年は困ったように眉をハの字にして笑った。 そして、数時間をかけて一人一人の安否を確認していったのだ。

「大丈夫でしたか?」「怖かったね。もう大丈夫だよ。」「周りの国には、僕から話を付けておきますから。」「こんなことは、二度と起こさせません。」「こんなこと起きる前に止められれば良かったのに・・・。不甲斐なくて御免なさい。」

 そう言いながら歩き回る彼の顔を、アッシュは今でも忘れなかった。そして、彼にかけられた言葉も。

「君は・・・凄く魔法が上手になるね。僕よりもずっと。そしたら、みんなを守ってあげてね。」

 まあ、興味があればなんだけどね。 そのときだけにっこりと微笑んだ顔が、今でもアッシュの脳裏に染み付いて離れないのだった。

 後からわかったことだったが、その青年の名は“黒”の“トレット・レラルム”と呼ばれる、現状最強と歌われる魔法使いであり、戦士であり・・・冒険者だったと言うことがわかった。

 その日から、アッシュには目標が出来たのだ。 いつか、みんなを守れるような、凄い魔法使いに。

 

 アレから数年。故郷を出、ついに大都会であるこのアクアルートに辿り着いたのだ。

 ことここに付くまでにも、様々な出来事があった。 獣に襲われている人を助けたり、怪我をしている人を助けたり。 野宿をしようとしているところを、親切な人に出会い一夜の屋根を借りた事も会った。

 そんな経験をするうち、少しずつだが冒険者として自信を持ち始めた矢先に・・・この有様だ。

 どうやら賞金をかけられているらしいのだが、全く身に覚えが無かった。まだ悪魔族としては子供で、冒険者としても未熟な自分にそんなものを書ける理由なんて、全くないだろうと思う。

 しかしながら実際、恐ろしくド派手な赤いパワードスーツに追い掛け回され、今は常識外れにタフなガンウーマンに追い掛け回されていた。 悲しい事に、一目でどちらにも叶わない事がわかった瞬間。アッシュは反射的に全力疾走で逃げ出していた。 ある意味、半年間の放浪生活の賜物と言えよう。

「いいいいい、いったい、なにがどうなってるんですかぁ〜?!」

 誰にとも無く敬語で叫びながら、半泣きで走り回るアッシュ。さっき振り返ってみたのだが、追ってくる女性のあまりの形相に、見なかった事にしていた。

 ちなみに。彼が自分に賞金がかけられた理由を知るのは、もう暫く後である。